日銀総裁候補、武藤敏郎の癒えぬ古キズ | 永田町異聞

日銀総裁候補、武藤敏郎の癒えぬ古キズ

財務省は譲れないだろう。栄光の天下り先である日銀総裁の座を、二期連続で日銀プロパーに奪われているのだから。

今度こそは、副総裁の武藤敏郎をなんとしても総裁にしたい。大蔵OBの伊吹文明幹事長も、財務省側の意向を受けて、福田首相に強く働きかけた。だからこそ、「財金分離」とかいう理屈で民主党内に異論が多く、難色を示すことがわかっていながら、政府は武藤の昇格人事を国会に提示した。

財界や経済アナリストは「日銀人事を政争の具にするな」「空席が生じたら市場が動揺する」などと、野党の姿勢に批判の大合唱である。

そんななか、理屈ではなく、自らの体験から、はっきり「武藤ではダメだ」と言い切っている男がいる。無所属の衆院議員、江田憲司である。武藤が大蔵官僚だった10年前、江田は橋本首相の秘書官として、大蔵省の分割を進めていた。

銀行を許認可で縛り「護送船団方式」を続けていたそれまでの日本の金融行政は、銀行側の接待攻勢による癒着と腐敗、もたれあいの関係を生み、官僚の堕落と銀行の危機を招いた。

平成10年1月26日、大蔵省を揺るがす事件が起きた。武藤は大蔵大臣官房長の職にあった。

その日、東京地検・特捜部は、大蔵省で銀行の検査を担当していた宮川宏一と谷内敏美を収賄容疑で逮捕した。二人とも、MOF担と呼ばれた銀行の担当者から接待などの過剰なサービスを受け、検査に手心を加えていたというのだ。いわゆる「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件である。同様の接待を受けていた大蔵省と日銀の幹部職員112人が、停職・減給・戒告などの処分を受けた。

武藤は官房長として省内綱紀を担当する立場にあった。その年の5月15日、衆院大蔵委員会で「民間金融機関等との間に公務員としての節度を欠いた関係が判明し、合計112名に上ります処分者が出たことは、まことに遺憾に存じております」と陳謝している。

大蔵省は検査官クラスの逮捕による「トカゲのシッポ切り」と、職員の大量処分で幕引きをはかったわけである。武藤自身もこのあと、責任を取らされ、官房長から総務審議官へ降格された。

「本来、引責辞任すべきであったが、省内での事後収拾策を負わせるという暫定的な趣旨で、異例の残留、降格人事にした」と江田は振り返る。

すでに、将来の次官候補といわれたライバルの中島義雄や田谷広明は東京協和・安全の二信組事件の接待汚職疑惑で、大蔵省を去っていた。これが幸いし、後年、武藤は事務次官への復権を果たす。

橋本内閣は、大蔵省から金融行政を分離して金融庁とし、「大蔵省」を「財務省」に変えた。日本銀行についても、「財政と金融の分離」の原則に照らし、その幹部から大蔵省出身者を一掃した。

当時、首相を影で支え大蔵省改革に腐心した江田は「今回の日銀総裁人事を考えるにあたっても、これらの経緯をしっかり踏まえないと正しい判断はできない」と指摘する。

武藤の総裁就任への反対意見が多い民主党では、海外で顔が広く、「ミスター円」として知られる早大客員教授、榊原英資を推す声があるという。元大蔵省財務官。95年秋、市場介入で辣腕をふるい、超円高を是正した。ズバズバと物を言い、米国相手でも臆さない。典型的な調整型の官僚である武藤とはまったく毛色が違う。

「武藤総裁では国際舞台でメッセージを発信するパワーが弱い」との指摘もある。

しかし、榊原への財務省側の抵抗感が強いことは想像できる。「近親憎悪」ということもある。伊吹幹事長ら与党幹部もその案には容易に乗れないだろう。

いずれにせよ、民主党は11日に総裁・副総裁候補者からの所信を聞き、12日に衆参本会議での採決をしたい意向だという。参院で同意が得られなければ政府の武藤総裁案はボツになる。当然、想定のうちだろうが、政府はどういう奥の手を持っているのだろうか。

                             (敬称略)