人の恋愛・性愛がいずれのジェンダーを対象とするかを表す性的指向にはホモセクシュアル、バイセクシュアル、アセクシュアル、デミセクシュアルをはじめ数多くのパターンが存在する。
なかには恋愛関係を築いたり、性的魅力を感じる際にジェンダーが考慮すべき要素にならない人がいる。その場合、彼らは自分たちを「パンセクシュアル」と呼ぶことになる。
パンセクシュアルとはどういう意味で、混同されやすいバイセクシュアルとどのように異なるのだろうか。パンセクシュアルの定義やその起源、表明者、そしてバイセクシュアルとの差異、フラッグや絵文字などコミュニティの認知に関わる事象まで、一つ一つ見ていこう。UK版『ELLE』より。
パンセクシュアリティとは何か
クィアの支援団体で中傷と闘うゲイ&レズビアン同盟 「GLAAD」では、パンセクシュアルについて「あらゆるジェンダー・アイデンティティーに惹かれること、あるいはジェンダーに関係なく人に魅力を感じること」だと定義している。
トランスの活動家であり米リアリティ番組「I Am Jazz」の主演ジャズ・ジェニングスは以前『コスモポリタン』誌で、自分がパンセクシュアルとして生きることについて以下のように語っている。
「私にとって、パンセクシュアルであるということは基本的に、相手の性別や、性的指向、ジェンダー、ジェンダー・アイデンティティに関係なく魅力を感じるということを意味してる」
「リミットは存在しないわ。誰とでもデートする。もっと言えば、相手をその精神によって愛するということね」
「肉体的には、私は男の子により惹きつけられるけど、時々女の子に魅力を感じることもある。だから変な感じ」
パンセクシュアルは“新たなトレンド”?
この質問への答えは簡単で、「完全にNO」だ。パンセクシュアルという単語がポップカルチャーに登場するようになったのは最近だが、オックスフォード英語辞典によると、「パンセクシュアル」という言葉の初出は1914年で、「パン―セクシュアズム」という単語で学術雑誌『Journal of Abnormal Psychology』に登場する。
そこではJ・ヴィクトール・ハーバーマンという名の医師がジークムント・フロイトの精神分析方法を批判し、彼の理論の一部を取り出しているが、それは「精神生活におけるパン―セクシュアズムによってあらゆる傾向が性的なものに帰着する」というものだ。フロイトは性はあらゆる物事の動機になっているという理論を提唱していた。
「パン」は古代ギリシャの言葉で「すべての、あらゆる」を意味する。当時、それは現代の個人の性的指向に関する意味とは真逆のものとして、精神分析の専門用語として用いられていたのだ。
1920~30年代にはハーレムやシカゴのサウスサイドで“レッテルや境界”をまたぐことを喜んで行った人々が存在したことが報告されているが、彼らの性的指向を表現するために「パンセクシュアル」という言葉は使われなかった。
1940年代に入ってアメリカの性についての研究のパイオニアであるアルフレッド・キンゼイ(キンゼイ・スケールの発明者)がセクシャリティは連続したものとして機能していると説明したことがきっかけで、「ヘテロセクシュアル」と「ホモセクシュアル」以外のセクシュアリティを表現する名称について可能性が探られるようになる。
そして、1970年代には「パンセクシュアル」が今日とほぼ同じような意味で使われ始めている。
パンセクシュアルであることを自認しているセレブは?
ミリアン=ウェブスター辞典によると、「パンセクシュアル」という単語は歌手のジャネール・モネイが『ローリングストーン』誌で「パンセクシュアリティについて読んで、『あ、これって私にあてはまる』と感じたの」と語ってから、2018年で最も検索されたワードの一つになったという。
映画『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』に登場するドナルド・クローヴァーが演じるランド・カルリジアンや、『デッドプール』でライアン・レイノルズが扮するデッドプールもパンセクシュアルの設定だ。
また、つい最近では女優のベラ・ソーンやモデルのテス・ホリデーが2019年7月に、それぞれ米ABCニュースと『ナイロン』誌でパンセクシュアルであることをカミングアウトした。
パンセクシュアルかどうかはどうやって識別するの?
パンセクシュアルの人は、魅力を感じるプロセスで、ジェンダーを考慮に入れない。しかしながら、それは相手のパーソナリティーによってしか他者に惹かれない、ということでもない。もしそうであれば、その人はデミセクシュアル(相手と深くつながることができた時だけ相手に惹きつけられるセクシュアリティ)である、と識別できるかもしれない。
「ストーンウォール」でボランティアを務めるラナ・ペスワニはパンセクシュアルを自認しているが、今年『コスモポリタン』誌のインタビューで「私は誰かを見て、『この人とのセックスはどんな感じかしら?性器はどんな見た目?』なんて思ったことは一度もない。そういった考えは自分の頭には入ってこない」と語っている。
また、エイジェンダー(男女の性差の枠組みにとらわれないアイデンティティを持つ)のラッパー、エンジェル・ヘイズ(写真)は2013年の「Fusion TV」のインタビューで、「パンセクシュアルかどうかは、私の考えでは、ただ愛を求めているならそうよ。繋がれると思う相手と繋がりを持つことよ」と語っている。
バイセクシュアリティとパンセクシュアリティは似ているけど違う。
バイセクシュアリティとパンセクシュアリティには多くの類似があるが、前述の「GLAAD」ではバイセクシュアルについて「2つ以上のジェンダーに惹かれること」であり、一方のパンセクシュアリティは「全てのジェンダー・アイデンティティーに惹かれること」としている。
それはしかし、バイセクシュアルの人がトランスジェンダーやノンバイナリーの人に惹かれないということではない。
このような混同は最近ネットフリックスのアニメ番組「ビッグマウス」でも起きた。問題となったエピソードでは、登場人物のアリ(声はアリ・ウォン)がクラスメイトに対してパンセクシュアルだと自己紹介したが、その際にパンセクシュアルについて、男の子にも女の子にも、その中間も好きになる、と定義。もう1人の登場人物ニック・バーチ(共同制作者のニック・クロールが声を担当)が、パンセクシュアルとバイセクシュアルは同じものかと質問したところ、アリは後者は「すっごいバイナリー(二者択一的)なものよ」と言って片付けたのだ。
番組のファンたちはアリのキャラクターがバイセクシュアルは相手がシスジェンダーの場合にのみ好きになり、パンセクシュアルの人間だけが、トランスも好きになるとしたことに立腹した。
「ビッグマウス」の共同制作者であるアンドリュー・ゴールドバーグはこのバッシングに対して「我々はバイセクシュアリティとパンセクシュアリティの定義について的はずれな理解をしていました。私、そしてクリエイター一同、人々が事実を歪めて伝えられた、と感じたことに真摯に謝罪いたします」と声明を発表している。
パンセクシュアルは自分たちのプライドフラッグを持ってる?
答えはイエス、だ。LGBTQコミュニティで40年に渡ってプライドを代表してきたアイコニックなレインボーフラッグがあるが、それは1978年に作られたものなので、そのほかの少数派のコミュニティへの参照を含めるために修正が行われてきた。
「pride.com」によると、パンセクシュアルのプライドフラッグはパンセクシュアルの人々がバイセクシュアルの人々との識別を分けるためにオンラインで2010年に作成されたという。ピンク、紫、ダークブルーで構成されるバイセクシュアルフラッグに似たデザインで、ピンクと青の帯は男性と女性に惹かれることを意味しているが、パンセクシュアルのフラッグのイエローのストライプは彼らがノンバイナリーやジェンダーノンコンフォーミング(性に関する旧来の固定概念に合致しない人)も好きになることを表現している。
パンセクシュアルを表す絵文字はある?
残念ながら今のところ存在しない。2019年6月の「世界絵文字デー」に、米Appleと米Googleは今秋までにさらに230個の新たな絵文字を発表し、それには車椅子に乗った人や、補聴器、義肢などの絵文字も含まれ、ダイバーシティーにおいて大きな進歩を遂げるだろうとした。しかし、そこにはLGBTQのフラッグはなかった。
「Emojipedia」のブログによると現在、268個の絵文字の旗のうち、プライドフラッグについてはレインボーフラッグがあるのみだ。
ほかの、たとえばバンジョーや海賊旗、一部がスライスされたバターなど、そこまで必要ではないであろう絵文字のことを考えると、この事実はやや不条理に感じる。ちなみに現在トランスフラッグについてはWhatsAppやツイッターなどのアプリで使用できるが(特別なコードが必要なほか、環境により異なる)、iPhoneで使われているUnicodeの絵文字では用意されていない。
Translation & Text : Naoko Ogata