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毒家族に生まれて Vol.8【前編】~“大草原の小さな毒親” ローラの自己責任論が壊した温かな家庭~
少女たちの心を温めた大家族物語の真実は、毒親DNAの系譜。『大草原の小さな家』原作者ローラ・インガルス・ワイルダー一族の血脈は“大草原の小さな毒親”たちが途絶えさせた。大草原の小さな家 - 神格化されたアメリカの開拓者母娘のその後の物語......。
清貧なる開拓者の生活を描き、米国的自主自立を説いた米文学史に残る名作『大草原の小さな家』。児童書としても多くの子どもに読まれ、日本でもNHKで長期に渡って放送されていたことで、やんちゃな主人公ローラと端正で優しいとうさん、そして内助の功の鑑ともいえるかあさんが体現する、強く逞しくそして温かな開拓者の家族像に胸が熱くなった人も多いだろう。
しかしこの原作者ローラ・インガルス・ワイルダーが築いた家庭は、そんな温かさとは真逆の冷徹な自己責任論に満たされていた。
それが娘ローズへと受け継がれた結果、母と娘の間には激しい確執が横たわり、最終的には『大草原シリーズ』の著作権を巡る壮絶な争いをもたらし、インガルスの血脈は失われてしまったことを知る人は少ない。
貧困への恐怖を常に抱え、倫理と自助努力に偏向した親が引き換えに手にしたものは、子どもの奥底に生まれた闇と毒……。
『大草原シリーズ』の著者はもちろんローラ・インガルス・ワイルダーだが、研究者の間では長年物語の真実度とローラの一人娘で同じく文筆家だったローズがどこまで編集に関わり、どこまで共著に近かったのか評価が未だに分かれるところだ。
今回はローラとローズ、自己責任論に毒された毒母の系譜、そしてお互い人生の中でかなり深刻な貧困に見舞われた母娘の人生がどう絡まりあっていったのかを追う。
お金持ちの母がローラに強いた自助自活の訓えと極貧生活
ローラ以前の女性たちとローラ、ローラの娘ローズには決定的な違いがある。それは贅沢な暮らしの経験だ。
ローラの“かあさん”キャロライン・インガルス、祖母シャーロット・クワイナーらは、一時期貧しいと言える暮らしを体験したことはあっても、結婚する前に衣食住に困らない、いやむしろ贅沢な生活を一度は送ったことがある。ローラの母と祖母は贅沢な経験をした後で家庭を持ち、自身の選択や外的要因に見舞われ貧することはあっても、生涯を通じて支払いや借金、あるいは次またいつ貧困状態に陥るかと強迫性障害を負うまでには至らなかった。
ところがそんな女性たちに育てられたローラと、とりわけ娘ローズには生育環境で醸成された貧困と自身の教育不足に対する絶対的強迫性不安、そして劣等感から来る自身の決断への絶対的自己肯定感が生涯つきまとっていた。
(写真)1880年代の三姉妹。左から妹キャリー、姉メアリー、ローラ。
ローラのかあさん、キャロライン・レイク・クワイナーは近所の幼馴染だったインガルス家のチャールズと結婚する前、亡父の親戚の家に寄宿して高等教育を受けている。そこではボイラーでいつでも温かいお湯が湧き、お手伝いさんがおり、学友は豪華なファッションで着飾るほぼ異世界。元々親戚から学費と寄宿を申し出られたのは、その家の長女は既に嫁ぐ相手がおり、キャロラインが「お父さんがいた生活を知らないで可哀相」と同情され、そして何より勉強ができたことが理由。『大草原シリーズ』で絶え間なく繰り返される、“かあさん”の「娘たちの教育が完了するまで一所に留まって欲しい」という“とうさん”への懇願はこの時の経験から来るものと容易に想像出来る。
(写真)NBC『大草原の小さな家』より
ここでキャロラインが重視したのが教育のみであり、エネルギーのベクトルが自身の経済的安定や贅沢に向かわなかったのはピューリタン的思想もあろうが、母親シャーロット(ローラの祖母)が特に自律した女性だった影響も大きい。また、親や親せきが勧める相手ではなく、自分の意志で結婚相手を選んだ以上、たとえ生活が苦しくともそれは自己責任であり、添い遂げるのは当然。最後まで責任を取らなければという意地に起因する部分もあっただろう。
(写真)NBC『大草原の小さな家』より
かたや娘たち、メアリーやローラ、キャリーにグレイスというインガルス家の子どもたちは、大きくなるまで応接室があるような家を目にしたこともなく、そもそも社交経験が貧困のどん底にある地域社会にしか存在しなかった。
(写真)NBC『大草原の小さな家』より
“長女”になった次女ローラが選んだ逃避のための結婚
“インガルス一家の物語”シリーズ第一作、『大きな森の小さな家』は、主人公ローラの両親キャロラインとチャールズがまだ双方の親やきょうだいのそばに住んでいた頃の話。この一冊がほんの少しだけ他のシリーズより“貧乏”ではあるが“貧困”ではないのは共同体の中で生活が営めていた証。それ以降の物語は思春期になるまで定住地すら持たず、土地を維持するだけで苦労し、“とうさん”の放浪癖に合わせ絶え間ない移住と新しい土地での生活を維持すること自体の苦労がほぼ永遠に繰り返されるものだった。
(写真)NBC『大草原の小さな家』より
子供にとって、特に感受性の強いローラにとってどれだけ強い影響を与えたのかは想像に固くない。しかも途中から家庭の中でのクリスチャン的精神の支柱だった長女メアリーが失明し、役割的には次女ローラが繰り上がり長女になったものの、そのために全ての犠牲を自分が一生かかっても追いつかないほどの正さと頭脳と信仰を持つ姉の為に負わなければならなかったルサンチマンは多分にあっただろう。
(写真)NBC『大草原の小さな家』より
早すぎるとも思える、しかも自分が一番望んでいなかった農夫アルマンゾとの結婚は、もしかしたら姉メアリーへの犠牲を強いられる生活からの脱却が目的だったのかもしれないとさえ考えさせる。
(写真)1885年 結婚後のローラと夫アルマンゾ
ローラが抱えた性的虐待の恐怖、潔癖症~セックスへの恐怖・出産への恐怖
近年になって発行されたローラの「実際の」生活が描かれた『Pioneer Girl(邦題:大草原のローラ物語: パイオニア・ガール)』には、子供向けの『大草原シリーズ』には描かれていなかった一家の一番のどん底時代、バーオークでの日々が事細かに描かれている。
『大草原シリーズ』では実は時代も移住の順番もかなりフィクション化されており、エピソードも自身の都合のいいようにかなり脚色もされている。物語の中ではほぼ純粋培養のように飲酒や賭博、身持ちの悪い隣人などから一線を画していたように思えるインガルス家にも、それらが極めて身近にあり、まだ子どもだったローラもメアリーもそれを目撃していた時期があったのだ。
(写真)ローラのポートレート
“とうさん”は毒父。いかがわしい世界に晒されたローラ
バーオーク時代、“とうさん”はあるホテルに住み込み、働きながら借金を返す生活をしていた。経営者は飲んだくれの兄弟である。兄弟に付いている女性は妻かどうかさえわからない(子どもには)。子どもながらに一人前の手伝い女としてホテルの中をうろうろしていた少女たちに酔っぱらいや不倫、喧嘩や強盗などの現実がやってくる。悪態をつく大人、子供の前であからさまに話される大人の話題。そんなところに高潔な父親が娘に足を踏み入れさせるわけがないのだが、実際は日々の糧のため不健全な環境に娘たちを晒していたのだ。
ホテルの経営者は子どもにさえ手を出す悪辣な人物で、ローラは手にピンを仕込んで触られないように用心していた。子どもさえ餌食にするような大人がいる世界を目の当たりにしたローラは強烈な恐怖を憶えたのは明らかである。
(写真)NBC『大草原の小さな家』より
すさんだ社会を諦観する少女
一方で、彼女ならではの強烈な記憶力によって微に入り細に入り描かれるその日常は、まるで日々の辛さから乖離した人格が俯瞰したかのように大人っぽくドライであるのも怖い。
ローラの娘ローズが後年、母の『大草原シリーズ』の柳の下を狙って書いた作品に『Let the Hurricane Roar(邦題:大草原物語)』がある。過酷な大自然に歯向かいながら必死に開拓地を生き抜こうとする若い夫婦の物語で、若干のハーレークインロマンス感が否めない。その中で妊娠した若い妻が自分ひとりで分娩しないといけないことに気づき、「インディアンの女は声一つあげず子どもを生むというではないか」と覚悟を決める。
この記述からわかるのは、キャロラインとチャールズの夫婦の地域社会からの孤立だ。
(写真)NBC『大草原の小さな家』より
ほぼ数年ごとに妊娠・出産していた“かあさん”キャロラインはこの頃、4回目の出産にして待望の男児フレデリックを授かるも、数ヶ月で亡くしてしまう。フレデリックだけでなく三女キャリーやフレデリックの後に生まれた四女グレイスの時も、医者を呼んだ。助けてくれる友人や親せきもおらず、医者しか頼る相手がないほど孤立した母。そして不健全な社会に娘たちを晒す父の姿から、たとえ面倒を見てくれる大人や親戚が近くに住んでいても、いかがわしい場所と密接に暮らしたこのバーオーク時代に、メアリーやローラが親以外の大人に庇護されていなかったことが読み取れる。
(写真)NBC『大草原の小さな家』より
セックス嫌悪
「ベス母さん(ローラのこと)はセックスの話題を嫌悪していた」と娘ローズに後年語られているローラも男児の死産を経験しているが、キャロラインと異なり男児を産むべく妊娠し続けることはなかった。“かあさん”のように中年近くまで、たとえ親戚でも助けてくれない土地で子供を産み続ける恐怖、高い幼児死亡率、長い冬で確実に止まったであろう女性としての成熟、あるいは病気によって負ったアルマンゾの後遺症、そういったものを加味しても非常に珍しいことだが、ローラは人生で2回しか妊娠しなかった。これは時代背景を考えると奇跡に近い。
(写真)ローラ 1918年
ローラの死後公開されたロッキーリッジのローラとアルマンゾの寝室と、デ・スメットの“とうさんとかあさん”の寝室を見比べるとハッと気づくことがある。終生ダブルベットで休んでいた両親と違い、ローラとアルマンゾは扉を挟んで足をお互いに向けて置いたツインベッドで寝ていたのだ。双方が90歳近くの高齢まで生きていたこともあるかもしれないが、かなり低年齢で結婚したこともあり、ある時期から性的なことへの関わりを一切やめた可能性を感じさせる。
いずれにせよローラは性と生殖が自身に及ぼすリスクを非常に重くとらえていたのだ。
(前編了)
(写真)1936年、『大草原』シリーズを書き始めて5年ほど経ったころ。
【参考文献】
『Prairie Fires: The American Dreams of Laura Ingalls Wilder』by Caroline Fraser , Metropolitan Books 2017
『Pioneer Girl: The Annotated Autobiography』by Laura Ingalls Wilder, South Dakota Historical Society Press 2014
『Let the Hurricane Roar』by Rose Wilder Lane, Harper Trophy 1985
『ローラ&ローズ―大草原の小さな家・母と娘の物語』(日本放送出版協会)ウィリアム・T. アンダーソン, NHK取材班 著 谷口 由美子 訳
『ローラの思い出アルバム』(岩波書店)ウィリアム・アンダーソン編 谷口 由美子訳
『大草原のおくりもの―ローラとローズのメッセージ』(角川書店)ローラ・インガルス ワイルダー, ローズ・ワイルダー レイン 著 ウィリアム・T. アンダーソン編 谷口 由美子訳
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