成功をおさめたアスリートの裏には親の努力も。しかし親のために選手人生をダメにしてしまう関係性も指摘される。ますますスポーツに目が向く五輪イヤー、「アスリート×親」の健全な関係性を気鋭の精神科医・木村好珠氏が考察。

【解説】
木村好珠(きむら・このみ)医師: 精神科医、産業医、健康スポーツ医 。常勤で臨床の現場に立ちながら、海外のサッカーチームのコーチとも交流しながら東京パラリンピック ブラインドサッカー日本代表やReal Madrid Foundation Football Academy のメンタルアドバイザーを務め、愛着形成などの精神構造研究にも取り組んでいる。
twitter @konomikimura

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【Index】

  1. 自慢する毒親
  2. 暴力をふるう毒親
  3. ドーピングさせる親


【Case1】自慢する毒親

テニス史に残る奇才ジョン・マッケンローは名門スタンフォード大にも入学するほどの秀才。父は弁護士で裕福な家庭出身の優秀な子どもだった。そんな父親は常にトロフィ・キッズ(親の勲章になる子ども)を必要とし、友人を連れてきては食事の前に難しい数学の問題を解かせ、正解すると自慢することを繰り返していた。父に恥をかかせてはいけないというプレッシャーから、マッケンローは間違えること、負けることに対して異常なほどに固執し、試合中の態度から“悪童”と呼ばれた。

1978 Davis Cup
Focus On Sport//Getty Images

分析: マッケンローはお父さんのために生きていたんですね。成績良かったら褒めるけど、成績悪かったら褒めない。勝ったら褒めるけど、負けたら褒めない。こう育てると、子どもは親のために生きるようになります。まずは自分のためにがんばんらなければいけないのに。「みなさんのおかげです」はリップサービスであればいいですが、本気で言っていたら「皆さんがいなかったら何もできない」になる。そう考えたら危険ですよね。

そうなると観客は時として「敵」になります。自分が得意だと思うことを観客の前でやると、もっといい成果をもたらしますが、不得意だと不安を抱えながらやると観客の前ではより悪い成績が出るという調査があります。ファンはサポーターです。本来は野次をとばすべきではありません。悪いループを呼びますから。親がそれをやるのはもってのほか。親=「安心と安全を与える人」です。だから、野次を飛ばされても、安心と安全を与える親・家族がいればある程度気持ちを保てます。 

そう考えれば親が自分の子どものコーチをするのはかなり良くないことがわかります。コーチと選手はただでさえ閉じた関係になりがちなのに、親ともなればなんでも言えてしまいます。しかも親がコーチだとオフの時間がなくなる。家に帰ってもコーチがいる。そうなると気分転換ON/OFFを付けることが下手なまま大きくなります。つまり親が子に与える無条件の安心と安全が損なわれます。そしてコーチする親がもっとも陥りがちなのは、自分が果たせなかった夢を子どもに託すこと。それは完全なエゴです。

もしコーチがいるなら親は口を出すべきではありません。どちらの言うことを聞いたらいいか混乱するので。アメリカのサッカーコートの観客席には「親は口を出さないでください」と看板が置いてあるくらいです。「打て!」とか言いたくなってしまうのもわかりますが。ただ、試合後の会話は逆に大切です。試合を振り返らせて思考を構築させてあげる役割を親果たすのは良いトレーニングになります。


【Case2】 暴力をふるう毒親

アメリカで初めてトリプル・アクセルを成功させたスケーター、トーニャ・ハーディング。彼女は日ごろから労働者階級でシングルマザーの母から身体的・精神的な虐待を受けていて、刃物を刺すことも。その様子は『アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダル』(’17)として映画化も。技ができないと「あんたにいくら払っていると思ってんだ!」と叱責。失敗しても成功しても貶すなど、亡くなるまで言葉の暴力が続いた。

1991 U.S. Figure Skating Championships
Focus On Sport//Getty Images

分析: 罰を与えるのは一時的に人を動かすにはすごく効果的です。が、長い目で見ると自己肯定感を低くします。

また、言葉による暴力は脳自体に悪影響を与えます。聴覚野に影響を及ぼすのですが、そこはコミュニケーションに必要な部分と連動しているため、他人と意思疎通がしづらい人になります。それがエスカレートすると前頭前野の委縮を起こし、感情のコントロールが難しくなります。前頭前野はうつ病にも関係しています。罵声をアスリートの子どもにぶつける親は、現役後の子どもの人生を考えていないのでしょう。

人間形成ができたうえでするのがスポーツです。たとえばレアル・マドリードの下部チームなどはある程度勉学の成績を取ってないと練習してはいけないというルールがある。スポーツで人格形成は難しいことです。可能ではありますが、それならば余計に高度なコーチング法を取り入れないと。逆にスポーツを通して自分で考えられる思考形成ができたら、どの世界でも通用します。


【Case3】ドーピングさせる親

2012年、南アフリカの学生選手ヴァン・ヒュスティーンの体内から基準値を超えるステロイドが検出され、調査の結果母親が注射していたことが発覚した。また2016年、米国ケント大学が129人の男子アスリート(平均17歳)を調査したところ、親がかけるプレッシャーが高ければ高いほどドーピングに手を出す傾向が強いという結果に。

FNB Classic Clashes: Grey College v Affies
Gallo Images//Getty Images

分析: こういう親は勝てばいいと思っている。すべてに結果だけ求める人間です。これは生活のあらゆる面でも「バレなければいい」「見つからなければいい」という思考回路を醸成します。

プロセスを無視する環境、試合後の声掛けでも「勝ててよかった」「負けて残念だった」は悪影響。勝っても負けても改善点を見つけ、自分で見つけた方法でそれをクリアできると自己肯定できるようになります。

精神的な病は自己肯定感が低い人がかかりやすい。子どもをポジティブな思考にするためには、よく「“だ”行の言葉は使わない」、つまり「だって・でも・どうせ・だけど」を使わないようにアドバイスします。これを口にしているとネガティブになっていきますから。私は、最初は嫌なことをポジティブに考える癖をつけてもらいます。たとえば「雨が降った、わぁ雨の中練習いやだな」だったら、「雨の試合もあるからその練習になる」に変換させる。ネガティブな感情は“クセ”。何がイヤなのか問われても、はっきりしてないことが多い。最初は無理やりですがポジティブに考える思考回路を癖づけると、自然とポジティブになります。

親御さんにはいい所を評価する癖をつけてほしい。日本人の子どもは自分のいいところが言えないんです。スクールで小学校1年生の子どもたちに、自分のいい所・悪い所を訊ねたことがあるんです。するとみんな自分の悪い所はすらすらと言えるのに、いい所が全然言えない。なんで言えないの? と問うと「だって、みんなに自慢していると思われる……」って。早くも小学校でポジティブを生ませない文化が生まれているのです。

スポーツはストイックだといいますけどプレイ、つまり遊ぶってことですよね。楽しむということが根底にあれば精神はスポーツで成長する可能性がぐんと高まります。