プロが選ぶ、2020年ベネチア国際映画祭で本当に注目すべき作品5
いよいよ現地時間2020年9月2日より始まる第77回ベネチア国際映画祭のラインナップから、映画祭のプロが選ぶ「本当の注目作」を解説。
【選者】坂野ゆか(さかの・ゆか) 公益財団法人 川喜多記念映画文化財団常務理事。同財団にて20余年にわたりカンヌ、ベネチア、ベルリン、ロカルノ、香港、釜山等国際映画祭への新作日本映画紹介を中心に、広く海外業務を担当。国際映画祭における審査員や国内の機関における審議員等も務める。
第77回ベネチア国際映画祭が9月2~12日の日程で開催される。今年3月以降、新型コロナウイルスの感染拡大により世界各地の映画祭が軒並み中止またはオンライン開催を余儀なくされている中、主要な国際映画祭としては久々に‘フィジカル’に開催されるとあって注目が集まっている。「国際」映画祭としては各国が設けている渡航制限は頭の痛いところである。ヨーロッパ以外からの海外ゲストはごく限られてしまうことは必至。審査員のほとんどをヨーロッパ勢が占めたのは入国のスムーズさと無関係ではないであろうことは想像に難くない。
そんな中、感染防止策を徹底(各上映会場付近での検温、各会場や周辺の定期的な消毒、フォトコールや記者会見をはじめあらゆる状況でのソーシャルディスタンシング、マスク着用厳守 etc)しての開催に踏み切ったのは驚きでもあった。2日夜のオープニングセレモニーではベネチア映画祭をはじめ、ヨーロッパの主要8映画祭(カンヌ、ベルリン、カルロヴィヴァリ、サンセバスチャン、ロカルノ、ロッテルダム、ロンドン)のディレクターが一堂に会し、結束を表明するという。
(写真)審査員長のケイト・ブランシェットもマスク姿で到着
規模は多少縮小されたものの、出品作品数はトータルで77作品。例年に比べるといわゆる巨匠やスター監督の作品が減り、その分フレッシュな顔ぶれが多い印象。コンペティション部門の18作品はヨーロッパ、北米、アジアからまずまずバランスよく選出された。日本からは黒沢清監督『スパイの妻』(写真)。黒沢監督の同映画祭へのコンペ部門入りは初である。一昨年は『ROMA/ローマ』(金獅子賞受賞)、昨年は『マリッジ・ストーリー』といったように、ベネチア映画祭においては近年Netflix社から話題作が次々上映されてきたが、今回のラインナップからは外れていた
ベネチア映画祭はコンペティション部門における女性監督作品の少なさが毎年批判されてきていた。今回は18作品のうち8作品が女性監督によるもので44%を占めるに至ったが、映画祭ディレクターのアルベルト・バルベラ氏は、あくまで「作品の質を評価した結果」との見解を示している。審査員の構成は7人中男性3名・女性4名※、ライフタイム・アチーブメント(生涯功労賞)受賞者は香港のアン・ホイ監督とスコットランド出身の俳優ティルダ・スウィントンのふたりでともに女性。コンペティション部門の比率はバルベラ氏の述べるようにたまたまなのかもしれないが、「(映画祭に関わる)男女比を半々にする」べく努めているヨーロッパの映画祭の中にあって、ベネチア映画祭も男女比バランスを考慮していると考えて良いだろう。
※コンペティション部門審査員:ケイト・ブランシェット(審査委員長。オーストラリア/俳優)、マッド・ディロン(アメリカ/俳優)、ヴェロニカ・フランツ(オーストリア/監督・脚本家)、ジョアンナ・ホッグ(イギリス/監督・脚本家)、ニコラ・ラジョイア(イタリア/作家)、クリスティアン・ペッツォルト(ドイツ/監督・脚本家)、リュディヴィーヌ・サニエ(フランス/俳優)
以下、特に個人的に注目したい5作品を紹介。
1.『Notturo(原題)/ノットゥルノ』 ※ドキュメンタリー
監督:ジャンフランコ・ロージ 製作国:イタリア、フランス、ドイツ
すでに映画祭界において輝かしい記録を残しているドキュメンタリー作家のジャンフランコ・ロージ。『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』で第70回ベネチア映画祭においてドキュメンタリーとして初の金獅子賞(最高賞)を受賞、続く『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』では第66回ベルリン国際映画祭においてやはりドキュメンタリーとして初の金熊賞(最高賞)を獲得した。今回の舞台はシリア、イラク、クルディスタン、レバノンの境界地域。内戦や独裁、過激派組織ISの攻撃といった困難の中に生きる人々の日常を映し出す。3年の月日をかけて撮影されたという。必見。
2.『Pieces of A Woman(原題)/ピーシズ・オブ・ア・ウーマン』
監督:コーネル・ムンドルッツォ 製作国:カナダ、ハンガリー
キャスト:ヴァネッサ・カービー、シャイア・ラブーフ
『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』で第67回カンヌ国際映画祭において“ある視点部門グランプリ”を獲得し、すでに国際映画祭の常連監督といえるコーネル・ムンドルッツォ。注目の初北米圏作品である今回は、近年の活躍目覚ましいヴァネッサ・カービー(『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』)、脚本家デビューを果たした『ハニーボーイ』が好評を博し、活動の場を広げている演技派俳優シャイア・ラブーフを迎えた。自宅出産を試みたものの、不幸にして子供を失った女性が失意の中で内省と洞察を深めてゆく物語が、ムンドルッツォの抑制の効いた格調あるタッチで展開される。
3.『Never Gonna Snow Again(英題)/ネバー・ゴナ・スノー・アゲイン』
監督:マウゴシュカ・シュモフスカ、ミハウ・エングレルト 製作国:ポーランド、ドイツ
キャスト:アレック・ユトゴフ、マヤ・オスタシェフスカ
女性監督の活躍が光るポーランドにあって、フロントランナー的存在のマウゴシュカ・シュモフスカがミハウ・エングレルトとの共同監督で臨んだ『Never Gonna Snow Again』。『君はひとりじゃない』で第65回ベルリン国際映画祭銀獅子賞(最優秀監督賞)、『Mug(英題) / マグ』でやはり第68回ベルリン映画祭コンペティション部門審査員賞という受賞歴をもつシュモフスカ監督。ベルリン映画祭と縁の深い同監督が、今回は初のベネチア映画祭にポーランドの実力派俳優たちを擁して挑む。本作ではマッサージ師として働くウクライナ移民を主人公に据え、彼の顧客であるポーランド中産階級の人々の虚しさや葛藤と、彼が顧客たちの心を掴んでゆく様が描かれる。2021年アカデミー国際長編映画賞のポーランド代表作品。
4. 『Nomadland(原題)/ ノマドランド』
監督:クロエ・ジャオ 製作国:アメリカ
キャスト:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン
不況によってすべてを失った60代の女性がアメリカ西部をノマド(遊牧民)として放浪の旅をするロードムービー。中国出身で、アメリカを拠点としているクロエ・ジャオ監督は国際映画祭シーンにおいて頭角を現してきていたが、2017年の西部劇『ザ・ライダー』で一気に注目度が高まり、マーベル映画『The Eternals(原題)/ジ・エターナルズ』の監督にも抜擢された現在最も勢いのある女性監督のひとり。『スリー・ビルボード』(第74回ベネチア映画祭脚本賞)での演技で二度目のアカデミー賞主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドが、本作では主演のみならず製作にも名を連ねている。本作はベネチア映画祭ディレクターのバルベラ氏が「オスカー最有力」と太鼓判を押す作品でもある。バルベラ氏はたしか昨年の『ジョーカー』に関しても同様のことをコメントしていたと記憶しているので、より期待が高まる。
5. 『City Hall(原題)/シティホール』 *ドキュメンタリー/コンペティション外
監督:フレデリック・ワイズマン 製作国:アメリカ
『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』の日本での大ヒットが記憶に新しいフレデリック・ワイズマン(90歳!)は刑務所・病院・学校・劇団等をテーマに、50年以上にわたりアメリカ社会、ひいては現代社会を真摯に見つめる作品を撮り続けている。静謐で透明感溢れ、音楽やナレーションに頼ることのない寡黙で力強い映像表現はまさにドキュメンタリー界の巨匠の名にふさわしい。その功績に対してアカデミー名誉賞も授与されている。今回ワイズマンがテーマに選んだのは彼の地元でもあるボストン市庁舎。市民の生活に係る多領域においての業務を行っている身近な存在であるものの、全体像も細部もなかなか見えてこない行政機関が、ワイズマン流視点を介して275分の中でどのように提示されるのか興味が尽きない。
他にも<アウト・オブ・コンペ部門>のイタリア人監督ルカ・グァダニーノがイタリアの誇る名門シューズブランドの創始者でデザイナー、サルヴァトーレ・フェラガモの生涯を探るドキュメンタリー、『Salvatore – Shoemaker of Deams(原題)/サルヴァトーレ-シューメイカーオブドリームス』 、円熟期の只中にあるペドロ・アルモドヴァル監督とティルダ・スウィントンの化学反応に期待しかない短編、『The Human Voice(原題)/ザ・ヒューマンヴォイス』、時代の申し子ともいうべき、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリを追ったネイサン・グロスマン監督のドキュメンタリー、『Greta(原題)/グレタ』、<オリゾンティ部門>の『立ち去った女』で第73回ベネチア映画祭の金獅子賞を受賞しているフィリピンのラヴ・ディアスの『Lahi, Hayop(Genus Pan)(原題)』/ラヒ,ハヨップ(ゲヌス パン)』、フランシス・フォード・コッポラの孫、ソフィア・コッポラの姪であるジア・コッポラの『Mainstream(原題)/メインストリーム』にも注目したい。
(写真)『Greta(原題)/グレタ』(上)、『The Human Voice(原題)/ザ・ヒューマンヴォイス』