「天使と共に安らかに」―高田賢三の死を悼み、世界中のクリエイターから悲しみの声
2020年10月4日(日)、新型コロナウイルス感染症による合併症で逝去した世界的デザイナー、高田賢三。ファッション界のレジェンドとして、そしてアジア人デザイナーの先駆者として第一線で活躍し続けてきた彼の突然の訃報に、世界中のクリエイターから悲しみの声が集まっている。

フェリペ・オリヴェイラ・バティスタ(Felipe Oliveira Baptista)
「ケンゾー」現クリエイティブ ディレクター
「主人を失ってしまった。賢三さんの死を知り、悲しみに暮れています。彼のもつ驚くべきエネルギー、優しさ、才能、そして笑顔はたしかに受け継がれています。かけがえのない彼の魂は、永遠に生き続けます」
ジャンバティスタ・ヴァリ(Giambattista Valli)
「ジャンバティスタ ヴァリ」デザイナー
「2020年10月4日、20時4分。親愛なる賢三さんへ。私の大先生、幸せを分かち合う寛大さを教えてくれてありがとう。そして、驚くほど楽しかった、休暇の思い出をありがとう。さまざまな経験や楽しかった瞬間、そしてあなたのキッチンで家族とともに過ごしたディナー。これらをあなたと共有できたことはなんという喜びでしょうか。賢三さん、あなたがとても恋しいです。でも、悲観的には考えないように努力しています。私はまだ、あなたとともにいます。そして、これから先のどんなに楽しい時間も、あなたに捧げるでしょう。よい旅を、私の大切な友達。愛をこめて。
P.S. あなたが私を泣かせるなんて、初めてのことですよ」
キャロル・リム(Carol Lim)
「オープニングセレモニー」クリエイティブディレクター
「高田さん、ファッションに新しい言語を作ってくれてありがとう。それは、着る人が楽しさに包まれていると感じるような新しい言語でした。私はあなたが与えてくれたあたたかさと喜びを決して忘れません。そしてあなたは、私たちアジア人がメゾンを立ち上げ、第一線で戦えるのだ、という夢を私たちに見せてくれ、そして可能にしてくれました。あなたと知り合えたこと、そしてたくさんの思い出を大切にできることを、光栄に思っています」
ウンベルト・レオン(Humberto Leon)
「オープニングセレモニー」クリエイティブディレクター
「真のファッションアイコンを失ったことを悼むのは、とても悲しいことです。彼はひとりでアジア人がラグジュアリーファッションを楽しむ可能性を切り開き、そして今日のプレタポルテと呼ばれるコレクションを築き上げ、盛大なファッションショーも数多く成し遂げました。そして、ストリートウェアをモードの世界へもたらし、ファッションアイテムとして確固たる地位をもたせました。それは彼が、オケージョンだけでなく、老若男女問わず日常的に着られる服を作った結果です。高田賢三は、自然の多様性、包括性を表現し、私たちが行ってきたのと同じ人道的な信念をもっていました。アジア人であることは軽視されるべきではありませんが、彼はアジア人には親切ではない時代に住んでいました。でも、彼は自分自身の魅力と実力で道を切り拓き、後世の私たちが前に進めるよう、天井を壊してくれたのです。賢三さん、どうか安らかに眠ってください。そして、きっと私たちのことを誇りに思ってくれていると願っています。言いたいことや伝えたいことがたくさんあるので、高田賢三さんが遺してくれた数々の伝説について、もっと投稿したいと思います」
ナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)
モデル
「賢三さんが亡くなってしまったと聞いて、とても悲しい。いつも優しかったあなたの笑顔、謙虚な態度、輝きを覚えています。天使とともに、どうか安らかに」
クラウディア・シファー(Claudia Schiffer)
モデル
「賢三さんを失ったというニュースを聞いて、とても悲しんでいます。すばらしい人でした」
イネス・ド・ラ・フレサンジュ(Ines de la Fressange)
モデル
「悲しいニュースです。偉大なるデザイナーであり、すばらしい人間であり、そして45年間に渡るよき友人でした」
シャンタル・トーマス(Chantal Thomass)
「シャンタルトーマス」創業者
「よく一緒に踊っていましたね。この写真は1980年代、イタリアのヴィラ デステで踊ったときのもの。私たちが行きたがっていた、イタリアの生地メーカーのショーに行ったんでしたね。美しい夜でした」
ヴェラ・ワン(Vera Wang)
「ヴェラ ワン」デザイナー
「さようなら、心から素晴らしい人。すべての“it”ガールがあなたの洋服を欲しがり、そのヒップなクールさと若さで彼のブランドを定義していました。若きファッションエディターだったあの頃、彼はいつも優しさと敬意をもって、私に接してくれました。彼はヴィクトワール広場にあるブティックから、パリのファッションにおける重要な時期を手助けしていました。そして彼のパリジャンスタイルは、いつだって本当のミックスでした。賢三さん、安らかに眠ってください」
ピーター・フィリップス(Peter philips)
メイクアップアーティスト、「ディオール メイクアップ」クリエイティブ アンド イメージディレクター
「マスター、高田賢三がいなくなってしまった」
パット・クリーヴランド(Pat Cleveland)
モデル
「親友、賢三の訃報を耳にして、心が張り裂けそうな思いです。彼の魂はいつも喜びに満ちていました、そしてあなたをとても恋しく思うでしょう。賢三さん、安らかに眠ってください」
冨永 愛(Ai Tominaga)
モデル
「高田賢三さんの訃報を知り悲しみに暮れています。今年は訃報が多く胸がえぐられる思いです…
この写真は生後6か月の息子と歩いた@kenzo 2006S/Sのパリコレですが高田賢三さんの時代ではありません。しかし彼が引き継いだブランドの魂は確実にそこにあると信じています。そしてこれからも…
Rest In Peace Kenzo
Love you🙏❤︎」
津森千里(Tsumori Chisato)
「ツモリチサト」創業者
「Thank you very much for my favorite Mr. Kenzo. I pray for your soul
80才の、お誕生日で
ご冥福をお祈りします。」
ジャン・シャルル・ドゥ・カステルバジャック(Jean-Charles de Castelbajac)
「ユナイテッド カラーズ オブベネトン」アーティスティック ディレクター
「悲しいことに、私の友人である賢三が、彼が描いたバラディシアの風景のなかへ行ってしまいました。彼と最初に会ったのは、1970年代、「ギャルリー・ヴィヴィエンヌ」の最初のお店でのことでした。シャンタル・トーマスと最初のコラボレーションをしてから、それ以来ずっとお互いを見失うことはありませんでした。彼は繊細かつ寛大で、独特の才能をもち、輝かしい存在でした」