米国のテルライド映画祭、カナダのトロント映画祭とベネチア映画祭を皮切りに怒涛の映画祭サーキットが始まる9月。後が控えていることもあり、ベネチアも前半にハリウッド俳優が出演するタイプの派手目の作品が上映されることが多い。

ということで、今年もオープニングから連日スターがレカペに登場しているが、開幕前から期待されていた故ダイアナ妃の伝記映画『スペンサー』もワールドプレミアされ、絶賛されて、主演のクリステン・スチュワートには早くもオスカー候補の声が上がっている。

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Neon
『Spencer』より。2022年日本公開予定

 “伝記映画”と言っておいてなんだが、物語は1991年のクリスマス・ホリデーの3日間にフォーカスされている。ノーフォークにあるエリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウスでロイヤル・ファミリーと共に過ごすダイアナだが、この“義務”は、チャールズ皇太子との仲が冷え切り、他の王室メンバーの間でも完全に浮いた存在になっていた彼女にとってとてつもない負荷となっていた。ダイアナの心の中で徐々に大きくなっていく絶望とフラストレーション。映画は、限界を越えついに離婚を決意するまさに、プチっと糸が切れるような瞬間を見事に捕らえている。

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SPENCER - Official Teaser Trailer - In Theaters November 5th
SPENCER - Official Teaser Trailer - In Theaters November 5th thumnail
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 監督のララインは、第73回のベネチア国際映画祭のコンペで上映された『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(’16)でも、1963年、当時の米国大統領ジョン・F・ケネディが暗殺後の妻ジャクリーン・ケネディ(後に海運王オナシスと再婚し、ジャクリーン・オナシスとなった)の4日間を描いているが、本作でも「極限状態」に置かれたセレブリティを通して、消費され尽くしたパブリック・イメージとは違った、脆くも人間的な側面に迫ろうと試みている。

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Barcroft Media//Getty Images
パブロ・ラライン監督とクリステン・スチュワート

 ネタバレになるので詳細は控えるが、後半、ほとんどホラーともいえるスリラーテイストの演出が効いている。

また、ダイアナ妃のアイコニックなファッションを独特なカタチで披露する“ファッション・ショー”は、単にドレスや着こなしを見せるためではなく、私たち観客は、その歴史的なさまざまなシーンで登場したファッションを通して、ダイアナ妃の生きた軌跡を走馬灯のように見ることができる。そうしたララインの演出手法は見事であり、音楽の使い方も相乗効果を発揮することによって、通常の伝記映画にはない、新しい映画体験によってダイアナ妃の物語に入り込むことができる。

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Tim Graham//Getty Images
ダイアナ妃。1984年
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Tim Graham//Getty Images
ダイアナ妃とウィリアム王子。1985年撮影

生前はパパラッチに追いかけられ、その最大の「被害者」とも言われたダイアナ妃を、同様に『トワイライト』シリーズで大ブレイク以来、パパラッチの格好の標的となってきたクリステンに演じさせるという皮肉が効いたキャスティングを称賛する声もある。

記者会見に出席したクリステンは、演じたダイアナについて語った。

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Pascal Le Segretain//Getty Images

「誰もが彼女のことを知っているような気がしますが、それは彼女の才能です。彼女の美しいところは、親しみやすく、友達のように感じられ、自分の母親のように感じられるところです。しかし皮肉なことに、彼女は誰よりもミステリアスな人であると当時に、本当はひとりぼっちが嫌いな人でもありました。孤独が得意な人もいれば、嫌いな人もいますが、彼女は人とのつながりを求め、人生の中で人との出会いを求めていました。でも、少なくともこの3日間は、完全に孤独だったんです。だから、私たちは彼女が事を起こすことを望んだんですけど。難しいですよね。もちろん共感できますが、本当の彼女の気持ちは、誰にも理解できないと思います。私は努力はしましたけれどね。でも、この物語の皮肉な部分、そして最も悲しい部分は、私たちが本当の彼女の姿を知ることができないことなんです」

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Tim Graham//Getty Images
故ダイアナ元妃

冷静な視点とパンキッシュな生き方で知られるクリステンだが、簡単に「共感」を許さないこの映画の本質を、確かにクリステン・スチュワートという女優が見事に体現している。

賞レースにも名前が浮上することは間違いないだろう。