【アカデミー賞2020】LA在住ライターが分析。『パラサイト 半地下の家族』はハリウッドの心をいかにしてつかんだのか?
作品のパワー、監督のキャラ、アワード戦略、そして、ダイバーシティへの希望。すべての要素を味方につけた『パラサイト 半地下の家族』の受賞は、サプライズであると同時に、必然だったのかもしれない。第92回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、脚本賞、国際映画賞の4冠に輝いたこの作品は、ハリウッドの心をいかにしてつかんだのか? 受賞後の現地の反応とともにLA在住の映画ライター、町田雪さんが考察。
言葉の壁を超えた作品のパワー
「オーマイガッド!」を繰り返しながら感極まる少女のようなキャシー・ベイツ。何度もうなずきながら拍手を贈るシンシア・エリヴォ。目を細めてステージを見つめるブラッドリー・クーパー。暗転したステージに照明を戻させたトム・ハンクスとシャーリーズ・セロン。『パラサイト 半地下の家族(以下、『パラサイト)』が作品賞を受賞した際にカメラがとらえた会場の雰囲気は、あの夜のハイライトだった。『パラサイト』がハリウッドの心をここまでつかんだ理由は、何なのか? そこには、作品力、ポン・ジュノ監督の魅力、アワード・キャンペーン戦略、ダイバーシティへの希望、時代性という5つの理由があるように思う。
最大の理由はもちろん、作品力だろう。脚本、美術、編集などのクオリティはもちろん、“格差”という、米社会にもアピールするテーマ性、ホラーからコメディ、家族ドラマ、サプライズまで、すべてが詰まった娯楽性は圧倒的。賞レースにおいては、どんな有力作もネガティブ・キャンペーンの洗礼を受けるものだが、『パラサイト』に対する否定的な声はほとんど聞かれず、すでに観た人は絶賛し、まだ観ていない人は「ぜひ観たい」という反応だった。米大手映画チケット販売会社Fandangoによれば、オスカー受賞後の『パラサイト』は、同社を通じた劇場チケット数、配信数ともに、400%以上の増加を見せているという。すでに米興収3500万ドルと、アジア映画としては記録的な数字を稼いでいるが、オスカー効果で4500万ドルまでの伸びが見込まれている。映画を作る人、批評家、一般観客が、ここまで一様に絶賛する作品は、そう多くないだろう。
ハートをつかんだポン・ジュノ監督
今回の賞レースの2大スターと言えば、ブラッド・ピットとポン・ジュノ。コメディ・ライター雇用疑惑が出るほど、ウィットに富んだスピーチで場を沸かせ続けたピットと、毎回通訳を伴いながら、端的で自然体なスピーチを放つポン・ジュノに心を奪われたアワード・ウォッチャーは多いだろう。賞レースの候補者たちは、毎週のようにさまざまなアワードで顔を合わせるため、ある種の絆が芽生えるようだが、今年もアワードを重ねるごとに、“仲間内”でジュノの人気度が高まっていくのを、はたからも感じることができた。そのゴール地点となるアカデミー賞で、ピットはついにオスカーを手にしたものの、ジュノの存在感は、その大スターすらをも超えてしまった。
脚本賞の受賞時に、オスカー像を眺めながら、嬉しさを抑えきれずに笑みをこぼす姿。監督賞の受賞時に、”恩師“マーティン・スコセッシへのスタンディング・オベーションのきっかけを作り、無名時代から自分の映画を支持し続けてくれたクエンティン・タランティーノに、まっすぐに感謝と愛を伝える姿。米映画界が誇る巨匠と奇才の心をつかんだジュノに、ハリウッドがとろけないわけはない。作品賞の受賞スピーチで配給会社、CJエンターテインメントのミキー・リー副社長(写真)が語ったように、あの「クレイジーな髪型、歩き方、話し方、ユーモアセンス」も、どこか親近感を与える。「シネマの美を追求するのなら、国境にバリアを作るべきではない」「よりパーソナルな物語であるほど、世界の観客に届くものができる」など、魂のこもった発言をしたかと思うと、「何かが突然激突してきて、夢から覚めるんじゃないかと思う」とこぼす天然のゆるさに、普段は辛口の批評家やメディアですら、ハートをつかまれていた。
授賞式の夜、『パラサイト』チームは、数々のパーティをハシゴしながら、米配給会社Neonが主催するウェスト・ハリウッドのプライベート会員制クラブ「SOHO HOUSE」へ。午前1時過ぎに到着したジュノは、皆に取り囲まれて、まるでロックスターのようだったという。その後、一行は、コリアタウンのレストラン「Soban」で、午前2時45分から朝5時まで大祝宴。「今夜は飲み明かす」と壇上で宣言したジュノ監督は、ちゃんと約束を守ったようだ。
アワード・キャンペーン&配給戦略勝ち
どれほどいい作品でも、長い賞レースを勝ち抜くには、綿密なキャンペーン&マーケティング戦略が必要だ。賞レースに合わせた公開日の設定、配給戦略、ビルボードやメディアでの宣伝、映画祭への参加、数々の試写会、バズを生むためのSNS仕掛け……。これらを実現するためには、それなりの費用とフィルムメイカーの協力が不可欠でもある。『パラサイト』は、どうだったのか? 映画批評家ピート・ハモンド氏が授賞式後に明かしたところによると、同作とジュノ自身のPRを担当するID-PR社は、去年夏の時点ですでに、作品・監督・脚本・その他部門の受賞を狙う意気込みだったという。カンヌ国際映画祭のパルムドール受賞以来、数々の映画祭やイベントで上映や質疑応答を行い、注目度を上げていったのも戦略のうちなのだが、それもジュノの協力があってこそのもの。ハモンド氏は賞レース期間中のジュノについて、「これほど(オスカー・キャンペーンに)協力的なフィルムメイカーは過去に見たことがない」と綴っている。
早朝に行われるオスカーのノミネーション発表直後も、電話やパブリシストを通してコメントを寄せるノミニーが多いなか、やや寝ぼけ眼でインタビューに応じるジュノの姿があった。アカデミー賞前日には、インディペンデント映画を評するスピリット・アワード授賞式が行われたが、オスカー票に影響することのないこの場にも、ジュノはジーンズ姿で登壇し、アートハウス系映画ファンを魅了した。同式に出席したノア・バームバック監督(写真)とは、特に絆を深めたのかもしれない。オスカー受賞時も2人は再三ハグを交わし、その後ろで目を輝かせるバームバックのパートナーで、同じく作品賞ノミニーのグレタ・ガーウィグ(『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』)の姿も、カメラはとらえていた。メジャースタジオ級の費用の代わりに、映画愛と協力的な対応でキャンペーンを成功させた『パラサイト』チーム。絶妙な配給戦略により、一般観客のバズを高めた米配給会社Neonの功績も大きい。
ダイバーシティは「後押し」であって「決定打」ではない
そして、もちろん、アカデミー会員のダイバーシティ要素も欠かせない。属性に偏りのあった会員構成が指摘されてから8年。性別・国籍・年齢において多様な会員を急増させたアカデミーだが、ノミネーションの段階では、俳優部門19枠を白人俳優が占め、女性・有色系フィルムメイカーや異文化テーマの作品が候補外となったことで「白すぎるオスカー再び」の声が上がった。賞レース後半の有力作は『1917 命をかけた伝令』(写真)と『パラサイト』に絞られ、授賞式直前には『パラサイト』推しムードが高まっていたものの、メディアも批評家も映画ファンも、心のどこかで「結局は無理だろう」と思っていたように感じる。そこに出されたハリウッドの答えは、米アカデミーの変革が一歩前進したことを証明した。
『パラサイト』の受賞によって、「白すぎるオスカー」批判がどこかに吹き飛んでしまったことは事実だが、それはあくまでも結果論。アカデミーが批判を払しょくするために『パラサイト』を選んだとはいえないだろう。ダイバーシティ要素が後押しをしたとするなら、「海外製作でも外国語でも、いい作品はオスカー最高賞に値する」と堂々といえる風潮になったということ。作品賞に限った現状の投票システムでは、投票者が全作品に1~9位(今年の場合)まで順位をつけるが、ここでトップになるためには、多くの会員のベスト3に入る必要があるのだ。今回の受賞は、ハリウッドが『パラサイト』を1本の映画として愛した結果なのだと思う。
と同時に、今回の結果を、“米国のダイバーシティ化”と安易に称することはできない。アジア映画の歴史的快挙に沸くハリウッドの外で、中国系アメリカ人の映画批評家ウォルター・チャウは米ニューヨーク・タイムズ紙に、「『パラサイト』が勝利しても、アジア系アメリカ人は敗北中」と題したコラムを寄せている。ダイバーシティの重要さが叫ばれる一方で、政治的・社会的分断が進む米国。チャウは、今回の結果によって、多様性へのヘイトスピーチがSNS上に噴き出た事実も指摘する。あの夜のハリウッドの一歩は計り知れなく大きいが、芸術の力を信じるならば、まだまだ映画界に期待されることは山積みなのだ。
写真/中国系アメリカ人の父親と韓国系アメリカ人の母親を持つオークワフィナは『フェアウエル』でゴールデングローブ賞を受賞したが、アカデミー賞にはノミネートすらならず。
『万引き家族』『ROMA/ローマ』がつなげた道
5つの目の理由は、文化や芸術において国境がなくなりつつある時代性だと思う。米バラエティ紙のオーウェン・ギルバーンマン氏はオスカー後のコラムで、米国内における“文化戦争”のクオリティの急激な高まりが、今回の『パラサイト』受賞に影響したと綴っている。また、前述のハモンド氏は、Netflixの功績も称賛。去年、同社イチオシだったスペイン語の白黒映画『ROMA/ローマ』は作品賞を逃したが、同作が植え付けた「外国語映画の作品賞受賞はあり得る」という概念も、今年の結果につながっているというのだ。今年は、『アイリッシュマン』『マリッジ・ストーリー』ともに『パラサイト』に賞を譲ることになったが、国境を越えた映像配信を牽引する点で、Netflixの功績は大きいだろう。
最後に。各々に素晴らしい2つの映画を、アワード絡みで比べることなど到底できないが、それでも脳裏によぎるのは、『万引き家族』の存在だろう。カンヌ受賞作、アジア映画、自国を代表する名監督、社会の暗部を描いたテーマ、家族ドラマ、キャストたちの名演技……と、『パラサイト』と『万引き家族』の共通点はとても多い。では、『万引き家族』はなぜ、今回の『パラサイト』のようにならなかったのか? その答えは、上に綴ったポイントを含む、さまざまな要素のコンビネーションだと思うが、ひとつ言えることがあるとしたら、去年であれば『パラサイト』の受賞はなかったかもしれないし、今年なら『万引き家族』の動きは違っていたかもしれないということ。『万引き家族』も『おくりびと』(2009年にオスカー外国語作品賞受賞)も含め、これまでハリウッドに紹介されてきたすべての外国語映画の存在が、一歩ずつ、今年の歴史的快挙への道をつないできたのだろう。そして、ここから先に出てくる日本映画には、日本やアジア、外国語という縛りのない、1本の映画としての視線が注がれるのだから、楽しみでたまらない。