エディ・スリマン、ヴァージル・アブロー、アレッサンドロ・ミケーレ…。彼らは消費者との距離を縮めることで忠実な信者を生み出し、現代においてカルト的存在である。コングロマリットが主流となる前の時代のデザイナーとの存在の違いは、一体何なのか? フランス版「エル」のジャーナリスト、ナタリー・ドリボが、現代ファッションを人類学的視点から読み解く。

Off-White : Runway - Paris Fashion Week Womenswear Fall/Winter 2018/2019
Francois Durand//Getty Images
ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)

2018年6月21日、パリのパレ・ロワイヤルの庭園。ヴィージル・アブローによる「ルイ・ヴィトン」のファーストコレクションショーを終えたばかりだ。キャットウォークで目に涙を浮かべ、手を合わせてお辞儀をする、アメリカ出身の腰の低い若いクリエイターに観客は激しい拍手を送った。

デザイナーが時代の教祖と信者に崇拝され、SNSによって過度に崇められる時代

彼は信者とのコミュニケーションの方法としてSNSを積極的に使い、コミュニティは創業以来成長を続け、インスタグラムには約370万人のフォロワーをもつ。2013年に創設された自身のレーベル、「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー™」とファッションハウスの「ルイ・ヴィトン」は、ヴァージルのシーダーシップの下で繁栄を続け、今日、新しい時代の幕開けを迎えた。それは、ファッションデザイナーを時代の教祖として掲げ、信者によって崇拝され、SNSによって過度に崇められるといった時代。

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「彼らは魔法の名声によって神のように扱われる、視覚化できないものを授かっている」と語るのは、人類学者で多くの著書を出版するギウリア・メンシチエリ。名声はときに彼らが勤めているファッションハウスをも超えていくことがあるが、名声だけで商品を購入する信者は少なくない。「売り上げこそが契約だ!」というファッションハウスが出す条件に、非常によく適応している手段なのだ。

一方「セリーヌ」では、エディ・スリマンの登場により彼の信者は大歓喜した。「サンローラン」を去って2年後、多くの人が彼が戻ってくることを切望していた。そして彼が「セリーヌ」に入ってからの最初の仕事は、ブランドロゴを一新することだった。アクセント記号(É)というフランス語の特徴的な要素を排除して、新しいスリマン時代を迎えようという姿勢の表れだった。

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エディ・スリマン。2019秋冬メンズコレクションのフィナーレにて。
波を起こさずして、現状を変革することはできない

前任フィービー・ファイロの信者はこれにすぐ反応し、インターネット上では若干の論争を巻き起こす事件となり、それぞれの信者は分裂した。しかし、この“動揺”は現代におけるデザイナーの力の強さを誇らかに示す結果となった。パワーバランスが、デザイナーとファッションハウスの間で逆転したのだ。「波を起こさずして、現状を変革することはできない。議論が起こらなければ、それは意見がないということだ」と、エディ・スリマンは、2018年11月にフランスの新聞「Le Figaro」の取材で語っていた。

自己演出が不可欠なスターデザイナーたち

別のファッションハウスでは、影の職人であったアレッサンドロ・ミケーレが2015年に「グッチ」のクリエイティブ ディレクターに就任し、彼のファーストコレクションはモード界に大きな衝撃を与えた。やがて2018年には、売り上げを33.4%も上昇させる結果となった。過度な装飾、異なるジャンルからの豊富な着想源、そして彼の哲学者のような独特のアプローチは、特にミレニアル世代から絶賛されている。彼を一目見ようとショー会場周辺に集まる若者が、熱狂して失神することも珍しくないと言われている。彼自身はキリストのような澄んだ表情、無造作に伸びたあごひげ、長い髪をしている。手掛けるコレクションをより神秘的な含みを持たせるために、彼は喜んで自己演出を続けるのだ。

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2018年ファッション・アワードで「ブランド・オブ・ザ・イヤー」を受賞したアレッサンドロ・ミケーレ。

名を挙げるべきクリエイターは他にも数多くいる。「ルイ・ヴィトン」のウィメンズコレクションを指揮するニコラ・ジェスキエールは、忠実で賞賛に値する人物だと紹介したい。デムナ・ヴァザリアのポストソビエトの革命的に審美な美しさ。「ジャックムス」のデザイナー、サイモン・ジャックムスの、歴史に魅了されたロマンティックで優しく、すべての人々へ捧げるデザイン。長年「セリーヌ」を率いたフィービー・ファイロのシンプルと装飾の見事なバランスが取れたアプローチ……。LVMHグループとともにブランドを立ち上げようとしているリアーナも彼らの横に名前が並ぶことになるかもしれない。現代において彼らは時代を象徴するロックスターのような存在だが、オーディエンスとの関係性はこれまでとは大きく異なる。

SNSとインターネットの発達により、コミュニティ化するクリエイターの信者たち

「明らかに、ムッシュ・サンローランが一生をかけてクリエイターとして精力し、尊敬されていた存在とは違う」と語るのは、フランスのファッションデザイン学校、 アンスティチュ・フランセ ドゥ ラ モード(Institut français de la mode)の教授兼哲学者であるベンジャミン・シンメナウアー。1990~2000年代にはジョン・ガリアーノやアレキサンダー・マックイーンというスターデザイナーが登場し、ファッションハウスの存在は一時薄れた。ラグジュアリーグループは時代の主導権を取り戻すために、コミュニティを作って集団的な感覚で促進する方法を見つけた。SNSとインターネットの発展により、クリエイターは仲介なしに直接多くの人々とコミュニケーションを取る事が可能となった。“slimaniacs(スリマ二アック)”や“philophiles(ファイロフィル)”と呼ばれる信者たちは、クリエイターがファッションハウスを移動する度に行動を共にするため、彼らは一定の顧客を失うことがないのだ。

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アレサキサンダー・マックイーン(Alexander McQUEEN)
制作過程からショーの中継まで、すべてを見せるブランド戦略

このような現象の要因は、人々がブランドに“透明性”を求めているからだと、シンメナウアーは説明する。「2000年代以降、消費者はブランドとマーケティングの巧みな方法にますます懐疑的になっている。一方で、デザイナーやアーティストなどクリエイティブに携わる、誠実な人々に対しては非常に慈悲深い」。

ブランド側はこの現象に気付き、ビジネスのために使うことにしたのだ。ブランドは製造の秘密を明らかにし、バックステージの熱狂を共有し、ほとんどすべてを見せるという手段を選んだ。インスタグラムではジェットセッターであるヴァージル・アブローが世界中の写真をリアルタイムに更新し、アレッサンドロ・ミケーレはインスピレーションソースを共有し、オリヴィエ・ルスタンは自撮りに目覚める。

インターネットやSNSといった現代的なアプローチは、かつて最も影響力のあったテレビよりも大きく、オーディエンスは増加する一方だ。「ファッションはより人気が高まっている。過去数年での成長ぶりは信じられないほどだ」と語るのは、『NYタイムス スタイル マガジン』のパリ特派員であるドナ・トーマス。1995年のアレキサンダー・マックイーンの“Highland Rape”のショーを思い出してみてほしい。

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Alexander McQueen Fall/Winter 1995, "Highland Rape"
Alexander McQueen Fall/Winter 1995, "Highland Rape" thumnail
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ごく少数の人しか立ち入ることができず、英「Evening Standard」や仏「Le Figaro」といった新聞を読まなればその話題に触れる機会もほとんどなかった。しかし現在は、ファッションはメインストリームのトピックとなっている。クリエイターはブランドよりも具体的なヴィジョンを示し、世界観を体現し、信頼性が高く親しみのある存在として位置づけられる。「今は、ミレニアル世代を中心とする消費者がブランドを牽引する形になっている」とトーマスは語る。衣服はアイデンティティを昇華させる役割があり、そのためにはファッションハウスには影響力のある代弁者が必要なのだ。それが現代においてのクリエイターの任務のひとつでもある。

スターデザイナーの光と影

輝かしい現代のファッション業界の代償といえば、クリエイターの肩に計り知れないプレッシャーが乗しかかること。「希望通りの成果を出さなければ、労いの儀式もなくすぐさま追い出される。カルバン・クラインのラフ・シモンズのように」と説明するトーマス。流れがますます速くなるファッション界では、彼らの能力を証明するのに十分な時間は与えず、短期戦で成果だけを求める。瞬発的に絶対的存在として輝いても、次の瞬間には崖から突き落とされるのが現代だ。

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ラフ・シモンズ(Raf Simons)



「クリエイターは何の保証も無いなか、ただ献身的にすべての仕事をこなさなければならない。もはや創造的ではない仕事でさえ、強制的にタスクに追加される」とメンシチエリは言う。「消費者の対象は神という個人であり、ブランドという全体像に夢を抱いてはいない。クリエイターは個人的に輝き続けることに全力を尽くさなければならない」と人類学者は述べる。クリエイターは工芸品とファンに息吹を与え、常に話題を提供し、近くて遠い存在としてその輝きを磨き続けなければならない。

しかし、そういったシステムの下で、彼らが本来持っていた洋服のデザインに対する創造的欲求が満たされるのか定かでない。巨大なファッションハウスの舵を握っているのがクリエイターか、消費者か、親会社かさえ曖昧だ。絶え間なく変化し続けるファッション界において何処かに止まることがないのであれば、個人を神と崇めるシステムも徐々に違う方向へと進んでいくのだろう。この世界において変化しないことといえば、物理的な時間の速さだけなのだから。


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