漠然とした不安は解消できる? 元競泳日本代表・伊藤華英さんが教える“メンタルタフネス”術【スポーツと社会をつなぐアスリート】
「メンタルが弱いから負ける」といわれた現役時代を経て、ガール世代に伝えたいこととは?
2度のオリンピックに出場するなど、実力・人気共に競泳界のトップとして活躍、引退後は順天堂大学スポーツ健康科学部でアスリートのメンタルケアについて研究し博士号を取得した伊藤華英さんが、“メンタルタフネス”を高める方法を伝授。アスリートのみならず、先の見えないコロナ禍で不安を抱えるガールも必読!
エル・ガール読者が感じている“メンタルの弱さ”って?
伊藤さんへの取材にあたり、事前にインスタグラムでアンケートを実施。エル・ガール読者がいま現在抱えているメンタルの弱さや、不安について聞いた。 すると「自分はメンタルが弱いと思う時がある?」 という質問に対し YES 84% NO 16%と、大多数の人が心が弱くなってしまうことがあると回答。
【いま不安に感じていること】
・就職面(仕事が見つかるか心配、コロナ禍で仕事がない)
・コロナ禍による影響(留学が延期になった、経済的に苦しい)
・今後の人生に対する漠然とした不安
・恋愛や結婚ができる自信がない
具体的に不安に感じていることを聞くと、以前は大半を占めていた恋愛や外見に関するお悩みが減り、お金や仕事に対して関する不安を上げる人が増加。エル・ガール世代にもコロナウィルス感染拡大の影響が見て取れる。
【変わりたいと思っていること】
・自分を好きになりたい、自信を持ちたい
・一喜一憂したり、落ち込まないようになりたい
・ポジティブになりたい
・人の目を気にせず自分らしく行動したい
メンタルをどのように変えたいか、という質問に関しては、自分を好きになりたいという回答が多くを占めた。周りの価値観や視線を気にして、ありのままの自分を愛せない人が多いよう。
いつでも全力で頑張ることが“メンタルが強い”わけではない
15歳で全日本選手権デビューを果たして以来、長年に渡り日本トップの競泳選手として1秒以下のタイムを競っていた現役時代の伊藤さん。出場確実といわれていた2004年アテネ五輪の選考会で実力を発揮できず、「メンタルが弱いから負けるんだ」と言われてしまったこともあったそう。
「世界の舞台で勝つために必要なのは最後はメンタル(心理的側面)であることを体感し、現役引退後に大学で専門的に研究することに。研究を進めるにつれ、心理的要因において、競技力向上には“メンタルタフネス”が一番重要だとわかったのです。
エル・ガール読者にまず伝えたいのは、“タフネス”と言っても、いつでも全力で頑張ること、単純に強くあることが良いわけではない、ということ。頑張る瞬間としっかり休むことをメリハリをつけて繰り返すことが、心身の健康につながります。アスリートが自分を追い込む練習と、しっかりとした休息をとることが大事なのと同じです」(伊藤さん)
“弱い自分”を認めることから始めよう!
エル・ガール読者の回答でも多かった「ポジティブになりたい、落ち込みたくない」というお悩み。伊藤さんは「いい子でいなくていい」と伝えたいそう。
「ポジティブが良い、ネガティブが悪いというわけではありません。エル・ガール読者世代の女の子は、“いい子でいること”へのプレッシャーを感じているようですが、気分の浮き沈みがあることは当然だから自分らしくていいんだよと伝えたい。“自分はメンタルが弱い”“強い”と比較するのではなく、どういう時に弱いと感じるのか、自分で理解することが大事。
私自身もチャンスがあるのにそのチャンスをつかもうと努力できない、頑張ろうと思えないときがありました。『練習に行きたくない』と思ってしまうこともありましたが、なんでそう思ったのか突き詰めて考えることは自分を知るきっかけにもなりました。モチベーションやパフォーマンス、気分にアップダウンがあるし、生きていればストレスがかかる様々な出来事が起こります。まずは“メンタルが弱い”自分も認めるところからスタートしましょう」(伊藤さん)
自分の意志をすべての起点にすると後悔がゼロに
「あの時ああすればよかった」などと、後から自分を責めて落ち込んでしまう人は、“自分の人生にオーナーシップを持つこと”を意識してみるのがおすすめ。
「例えば、本当はやりたかったけれど途中で諦めてしまった、という経験が増えると“ダメだった自分”の積み重ねになってしまいます。ベストを尽くして結果がついてこなかったことは、落ち込む原因とはならず次の挑戦へつながります。自分の人生にオーナーシップを持つ、つまり本当に自分が達成したい目標だから、努力やチャレンジをするという過程は結果以上に大事なことです」(伊藤さん)
意見を持つ=自己肯定感アップ!
若いころから遠征で海外を飛び回っていたという伊藤さん。そのなかで気づいた、自己肯定感を上げる方法とは?
「自分の意見を持つことが、自己肯定感をアップさせることにつながります。私は18歳のころ、遠征先で海外の選手と話す機会がありました。宗教や社会情勢、経済などについて議論している同世代の選手と、“競泳だけできていれば大丈夫”と思っていた自分を比べて衝撃を受けました。彼らは『意見がないことはダサい』という感覚だったので、その頃から私も自分の意見を言えるようにトレーニングしていました。
自分の意見を持つためには、自分の考え方や感じ方を突き詰めて考える必要があります。その工程で自分を知ることになり、ひいては自己肯定感が上がることに。意見を他の人に伝えることが苦手なら、まずは自分の意見を持つだけでもOKなのでトライしてみて」(伊藤さん)
“自信”には二種類ある
自分に自信が持てないという人が覚えておきたい、こんな知識も。
「スポーツ心理学においては、二種類の“自信”があります。ひとつは“結果が出たことの自信”。こちらは言わずもがなですが、大会で優勝した、試験に合格したなどの結果自信が持てること。もうひとつは、“続けられたことの自信”。こちらは、どんなことでも継続して取り組むことから生まれる自信です。趣味や好きなことなど、どんなものでも大丈夫なので、続けるだけで自信につながると思うと簡単にトライできますよ」(伊藤さん)
やりたいことが分からないときは視野を広くして
現状に満足していないけれどどうしたらいいのかわからない、あるいはやりたいことが見つからないなど、悶々としている時は、違う価値観と出合うことが有効だそう。
「もしも現状に満足していない人は、同じ性質の人とだけ過ごしていて、視野が狭くなっている可能性があります。そのような場合は、年齢や性別、国籍に関わりなく、さまざまな人と関わることで糸口が見つかるかもしれません。私は海外遠征で様々な国の選手と関わる機会があり、新鮮な価値観に触れて自由に物事を考えられるようになりました。
また、新しいことに挑戦することに慣れてる人は、“ストレス抗体”があるといわれています。環境を変えたり、新しい人に会ったりと普段の生活から刺激を取り入れることはストレスがかかる状況でもメンタルへの影響が少なくなるということ。そういった視点でも、自分の周りの環境を変えることは、メンタルタフネスにつながっていきます」(伊藤さん)
【メンタル切り替えテク①】没頭するものを見つける
ここからは実践編! 落ち込んでしまったり、ネガティブな感情に支配されそうなときに、メンタルを切り替えるための簡単な方法を伊藤さんがご紹介。
「時間があると、必要以上に悩んでしまうもの。なんでもいいので没頭できるコンテンツを自分のなかで持っておくと、効率よく気持ちをリフレッシュすることができます。私はNetflixで映画を観るのが大好きで『ホリデイ』や『マイ・インターン』『カモメ食堂』などを観て癒されています」(伊藤さん)
【メンタル切り替えテク②】「自分メモ」をしてみる
「いま感じていることを、ただひたすらに書いていく『自分メモ』が効果的。その時の感情や、自分がいちばん楽しい瞬間、逆に嫌だと感じる瞬間も自由に書いてみて。すっきりとした気持ちで翌日を迎えられることができます。また、客観的にメモを見直すことで自分にとって大事なことが見えてくるはず。その内容はひとりひとり違うことが大事なので、誰とも比べないで受け止めて」(伊藤さん)
【メンタル切り替えテク③】漠然とした不安には運動が効果的!
「心も体も、活動と休息のリズムがあることが大事。コロナ禍でジムを退会してしまったり、団体でのスポーツができないときは、身体の活動の機会が激減してしまいリズムが崩れているのかも。そういう人におすすめなのは、ヨガやランなどのひとりでできる簡単な運動! 体を使うこと自体がストレス発散になるし、ある程度体が疲労した状態なら、休息もしっかりとることができるはず」(伊藤さん)
伊藤華英さん/
元競泳日本代表。2008年北京、2012年ロンドンと二大会連続でオリンピックに出場、現役引退後、順天堂大学スポーツ健康科学部でアスリートのメンタルケアについて研究し博士号を取得。スポーツの振興はもちろん、女子選手と生理の関係についても発信し、注目を集めている。
Twitter : @hanaesty