女性アスリートの「メイクNG」は時代遅れ! 選手のパフォーマンスを美容で支えるアドバイザーとは?【スポーツと社会をつなぐアスリート】
メイクをすることでアスリートは自信がつき、堂々とした意見を言えるようになることも。
スポーツを楽しむ女性が自信をもてるようにと、ビューティの観点からアスリートをサポートするアスリートビューティアドバイザー花田真寿美さん。自身の競技経験を生かしながら活動する花田さんに、メイクが与えるメンタルへの効果や学生時代に根付く美容への意識、日本ならではのアスリートへの視線について話を聞いた。
アスリートのパフォーマンスをメイクで支える
小学生から大学までバトミントンを続け、引退後はモデルとして活躍した花田さん。選手時代に抱えていた容姿へのコンプレックスを克服して前向きになれたという自身の経験をもとに、2016年からアスリートビューティアドバイザーとしての活動をスタート。現在はアスリートをはじめ指導者やフィールドキャストなどに向けて、外見と内面をあわせて磨くプログラムをレクチャーしている。
「まず試合、メディア対応時や表彰式、イベントに出演する際などの、現場でのメイクサポートですね。自信を持ってコートに立ち、表彰台の上で笑顔になれること、堂々と意見を言うためのお手伝いをしています。ただ私がいつでも現場に行けるわけではないので、同時にアスリートへのメイクレッスンも行っていますね。レッスンでは基礎から、応用として汗に強いメイクや自分に似合うメイクなども教えています。コロナ禍までは対面で行っていましたが、今はオンラインが多いです」
海外での事例がアスリートビューティを知ってもらうきっかけに
海外では自分らしいヘアメイクで競技に挑む選手は多いが、日本ではそれが当たり前とは言えない。花田さんがこの活動を始めた当初は、企業や実業団へ営業に行ってもなかなか受け入れられなかったという。しかし2017年に活動が広まるきっかけとなる出来事があった。
「ワールドゲームズ(※1)が開催される前に、門前払いされると思いつつ笹川スポーツ財団(※2)に営業に行ったんです。そこで海外のスポーツ事情に詳しい方がいて、『海外じゃ普通のことだよね』と言ってくださって。そこから大会に同行することができたんです。そのときに分かってくれる人もいるんだと思いましたし、海外での実績ができたことで周りの意見も変わっていきました」
※1 オリンピックに参加していない競技の世界大会
※2 国・自治体のスポーツ政策への提言やスポーツ振興に関する研究調査を行う財団
心理戦でメイクが有効に働くときも
メイクがメンタルに与える影響は大きく、アスリートやその家族からは「笑顔が増えた」「ファンの方からもらう写真が楽しみになった」という反響があるそう。花田さんの講座を受けたブラインドサッカーの男子選手は「自分の姿は見えないけれど、周りからカッコいいと思われていると思うと、自信を持ってコートに立てる」と話していたという。競技に向かうテンションを高めることや、マインドフルネスとしてのメイクの力が徐々に広まっていくなかで、アスリートならではの要望に応えることも。
「特にバドミントンや卓球など、ネットを挟んで相手と対面する競技では、緊張がバレてしまうと、積極的に攻撃されることがあるんですよね。そのため強気に、自信があるように見せるメイクを取り入れる方もいます。あとはウェアに馴染むようにしたいという希望も、アスリートならではかもしれません。そしてナチュラルに見せることも要望として多いです。普段からメイクをしないアスリートは多いので、違和感を感じたり、周りに笑われたりして落としちゃうという方がいるんですよね。恥ずかしさを感じてしまうと逆効果なので、本人がいいなと思えるナチュラルさを意識します」
今でも運動部に残る容姿に対する“暗黙のルール”
そもそもフィギュアスケートや新体操などの芸術性を競う採点競技以外に携わる選手たちは、メイク自体に抵抗があることが多いそう。その理由は、美容に投資することへ価値を見いだせないことや、コーチやチームメイト、観客など周りの目という大きなハードルを感じることなのだとか。そういった考えに至るのは、学生時代の経験も大きいのではないだろうか。最近も時代にそぐわない校則が話題となっていたが、特に運動部では「メイクはすべきではない」「短髪であるべき」など、“暗黙のルール”や“伝統”がいつからか根付いている。
「少しずつ変わってきてはいるものの、『みんなと同じようにすることがチームワークだ』という空気はまだあると思います。ちょっと違うことをすると『チャラチャラしている』『異性の目を気にしている』と言われたり。ただ理解してくださる先生もいて、学生にレッスンを行うことが増えているんです。メイク禁止の学校では、HOW TOというよりもアスリートビューティの考え方やスキンケアの基礎など、メイク以外でできることを教えています。そこには指導者の『競技人口を増すために美容を取り入れてみよう』という考えもあれば、『社会の考え方を変えていきたい』という思いもあるように感じます。実際、『おしゃれとスポーツは両立できない』と思って、大学に入るタイミングで競技を辞めちゃう方は多いんです」
女性アスリートへ向けられがちな容姿へのコメント
花田さんは現在、男性アスリートへのレッスンも行っている。主にマネジメント会社やチーム側から要望があり、スキンケアを教えたり、10代選手たちへメイクをしているそう。男女関係なく、自信を持つために美容やメイクを取り入れることが一般的になりつつあるのに、なかなか変わらないのは女性アスリートの容姿の変化に寄せられる無自覚なコメントだ。
「男性アスリートがファッションに気を使っていても何も言われないのに、女性アスリートは自分のためにメイクをしても『女を売っている』と捉えられてしまう。特に小さい頃から活躍している選手が垢抜けると『変わってしまった』とも。例えば卓球の平野美宇選手が髪を染めたときにさまざまな意見がありましたけど、髪を好きな色に染めたり、自分が気に入っているものを身につけたりすることでアスリートもテンションが上げられるんです。試合前のルーティンとしてメイクを取り入れたら、気持ちが楽になったという話も聞いています。観戦する側が選手の外見に意見することや、男女ともに『アスリートが競技以外のことをするのはよくない』と考えられるのは日本ならではのことだなと思います」
ビューティを通じてアスリートの可能性を広げる
アスリート時代には容姿へのコンプレックスや結果を出すことへの強いこだわりと戦い続け、摂食障害になったこともあるという花田さん。しかし、過去から現在に至るまでのたくさんの出会いと経験が、花田さんをこのアスリートビューティアドバイザーという職業に導く。
「勝利至上主義の中にいたので、結果が出せないと自分に価値がないと思っていました。今もスポーツを辞めたら自分には価値がないと考えている選手や、競技以外に関わることに興味がないという選手が多いです。だから引退後は周りのツテで就職する方がほとんど。もし現役時代から競技以外の好奇心や交流があれば、セカンドキャリアの選択肢も広がっていくでしょう。今、私がいろんな専門分野の方を呼んで“チーム・アスリートビューティ”として活動しているのも、選手たちの視野を広げることが目的のひとつ。今後は引退後の自分らしい表現の仕方やファッション、マインドの部分も含めたトータルでの講座も用意していきたいなと思っています」
“アスリートがメイクする”を当たり前に
2019年の末にボルダリングの大会でアスリートのビューティサポートを行った際、進行台本にメイク時間が取られていたことを「アスリートビューティへの認識が高まった大きな一歩だった」と話す花田さん。しかしそれ以降、コロナ禍で試合会場に行くことすらできず、選手たちに直接メイクをする機会は失われている。先が見えない状況の中でも、花田さんはさらにアスリートをサポートできることを考えていく。
「今は大学でメイクによるパフォーマンスの変化を研究していて、いずれ論文として発表しようと考えています。そういうエビデンスを出していければ、さらに理解が深まると思うんです。そしてこのアスリートビューティアドバイザーという職業をもっと確立させていきたいですね。何よりアスリートにとって、自分のためにメイクやファッションを取り入れることが当たり前になってほしい。ただ、メイクを強要する気持ちはまったくありません。周りの目を気にせずに、誰もがメイクをすることもしないことも、自由に選択できるような環境になればいいなと思っています」
PROFILE
花田 真寿美/アスリートビューティーアドバイザー®
現役アスリートを中心に、引退後のアスリートや学生アスリート、スポーツを楽しむ多くの人へ、粧い(よそおい)と内面の両方を磨く「美」をテーマに、女性が自信をもって目標を達成するためのプログラムをプロデュース。学生時代はバドミントンでインカレ出場。