3月15日、例年より2か月近く遅れて、今年のオスカーノミネーションが発表されました。遡ること9カ月前、昨年の6月に全米アカデミー協会は、2025年までに達成する目標を定め、協会の多様化に努める意図のリリースを出しました。9月には、第96回以降の作品賞ノミネートに課される条件を発表し、その条件は、製作する作品の内容、スタッフ、出演者など、作品に関わる全ての要素において、性別や人種などある一定のダイバーシティを義務付けるものでした。その発表があってから初めてのアカデミー賞授賞式が4月25日(日本時間26日)に行われます。この新条件は、厳密には3年後まで適用されませんが、今回のノミネーション、果たして影響があったのでしょうか。
埋もれていたマイノリティの才能
結論から言うと、ノミネーションの多様化は大幅に進みました。毎年一番注目を集める演技賞は、20人中9人が有色人種です。辛うじて、シンシア・エリヴォがノミネートされたことで“Oscars So White”再来を免れた去年に比べ、今年は4賞すべてに有色人種が入りました。主演男優賞に至っては過半数が有色人種で、これは史上初めての快挙です。白人男性の牙城としてほとんど崩すことが出来なかった監督賞でも、アジア人が2人、女性が2人同時ノミネートされ、これはいずれも新記録です。
過去に女性監督のノミネーションは片手に収まる数しか存在せず、受賞者はたった一人です。そんな監督賞部門のノミネーション、白人男性以外の候補者が多数を占めている上に、クロエ・ジャオのアジア人女性として初めての監督賞受賞はほぼ確実とまで囁かれています。他にも、メークアップ部門で黒人女性が初ノミネートなど、「初」に溢れた結果となりました。これは、アカデミー協会の多様化推進に対する努力が、一定の成果となって表れたと見て良いでしょう。
コロナ禍、配信が光をあてたマイノリティ作品
一方で私は、今回の結果の背景は、アカデミー賞のレギュレーションの変更や、BLMに見られる社会運動よりも、コロナの影響が大きかったと捉えています。第92回の授賞式後程なくして、世界中をコロナ禍が襲いました。アメリカはあっという間に世界最悪の感染者数、死者数を出す国となり、3月下旬、全米の映画館は営業停止を余儀なくされました。その後、被害の少ない地域から再開をしたものの、最大のマーケットであるロサンゼルスとニューヨークの映画館は約1年間、今月初めまで閉鎖したままでした。2020年のアメリカの興行界は、世界中のどの国にも増して事実上機能しなかったのです。興行で収益を上げる必要のある大作は、次々と公開延期を発表し、2020年全米で劇場公開される新作はほとんどなくなりました。対象作品の不足を懸念したアカデミーは対応策として、今年限定でノミネーションの条件を改定し、配信での公開を公開とみなすこと、公開の期限を12月31日ではなく翌年(21年)の2月末にすることなどを発表しました。結果、今回のノミネート作品は、ネットフリックスを筆頭に、アマゾン、アップル、ディズニープラスなど、配信サービスでの公開作品が並んでいます。世界の配信サービスがコロナ禍ステイホームで爆発的に利用数を伸ばしたことは誰もが知る事実ですが、オスカーがこの配信を公開として認めたことにより、通常であれば大作に埋もれてしまったマイノリティ作品が広く視聴者に届き、アカデミー協会員も実際に見ることに至った、と言う要素が、今回の多様化に何よりも貢献しているのではないかと思います。
フィジカルに映画祭を開催する意義を実感
コロナ禍は、オスカーキャンペーンにおいて重要な位置を占める映画祭にも大きな影響を与えました。映画祭はアカデミー賞候補作品をお披露目し、最初に話題を作る大切な場所です。しかし2020年、世界の大きな映画祭はカンヌを筆頭に中止、もしくはオンライン開催となりました。本来であれば、バズが上がる原点となるこれらの映画祭でお披露目された作品は、あまり話題にもならないまま、埋もれてしまった印象があります。そんな中、コロナの隙間を縫って何とか物理的に開催したベネチア映画祭は注目を集め、結果的に今年のノミネーション作品は、『ノマドランド』、『私というパズル』、『あの夜、マイアミで』等、ベネチア注目作が多くなったように思います。コロナの影響を受けなかった20年サンダンス映画祭の覇者『ミナリ』が、多部門でのノミネーションを果たしたことも、フィジカルに開催される映画祭での評判の重要性と、そこから派生する口コミがアカデミー賞に及ぼす影響がいかに大きいものかを物語っています。
新しい基準が影響を与えるのは来年以降
パラサイトの歴史的作品賞受賞から一年。多様化を考えた時、今年のノミネーションは確実に進歩しました。ただし、あまりにも例外措置の多い今年は、それを真の変化として喜ぶにはまだ早い気もします。沢山の「史上初」がノミネーションに現れたことを素直に喜びつつ、新しいレギュレーションが影響を及ぼし始める来年以降に期待したいと思います。
Ms.メラニー / 映画会社に長年勤務しながら、“オスカーウォッチャー”として知られる。高校時代からアカデミー賞授賞式を鑑賞し始め、受賞予想を約20年間継続。その予想は各メディアからひっぱりだことなっており、毎年受賞作品を的中させることから「予想屋」というあだ名も……。著書に『なぜオスカーはおもしろいのか? 受賞予想で100倍楽しむアカデミー賞』(星海社新書)など。twitter @mel_a_nie_oscar