スウェーデン語で「ちょうどいい」を意味する「LAGOM(ラーゴム)」という言葉。現代社会のさまざまな問題における最善の落とし所、すなわち“みんなのラーゴム”を探るならば……? スウェーデン在住歴20年以上のコラムニスト、ブロムベリひろみさんが、現地のリアルなリポートを交えてお届け。


気候危機と暮らす

スウェーデンや北欧の人の環境問題への意識の高さが話題に上がるとき、私がいつも頭に思い浮かべるのは、大震災などの災害時にもパニックにならずにみんな落ち着いて行動したり、サッカーのワールドカップの試合の後に会場のゴミを拾って、世界中から称賛を得る日本人の話だ。

私たち日本人が、小さな頃から秩序を守ったり身の回りを整えたり、周囲に気を配ったりすることを身につけ、それが様々な場面で自然な行動として現れるのと同じ感覚で、スウェーデンの人たちは、子どもの頃から環境や気候危機の問題を身近な行動規範として身につけている。

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City of Stockholm/imagebank.sweden.se
ストックホルムにはゴミを吸い込んじゃう楽しい分別ゴミ施設がある

1972年に世界で初めて、環境に関する大規模国際会議である国連人間環境会議が開催されたのがスウェーデンであったことは、特筆に値する。「Only One Earth(かけがえのない地球)」をスローガンに、世界から113カ国がストックホルムに集まったこの会議は、当時のスウェーデン人たちに大きな影響を与えた。こちらの年季の入った気候問題活動家と話すと、この影響が今日に至るまで「スウェーデン=環境先進国」の名に恥じない思考と行動へと繋がっている、と説明を受けたりもする。

気候危機問題に関してのニュースを追っていて、日本での取り組みと徹底的に異なると思うのは、EUの存在である。日本は国連に加入しているが、国連での取り決めはみなさん結構簡単に反故にしてしまったりするが、EUでは、そうはいかない。

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Lieselotte van der Meijs/imagebank.sweden.se
スウェーデンがEUに参加したのは1995年だが、通貨は未だにユーロではなく、ちょっと頑固にスウェーデン・クローナ

一国の政治の枠組みの中では、既得権益やさまざまな利害や利権が複雑に絡み合って、大胆な改革を行うのが困難、もしくはとても時間がかかるようなことでも「EUで決まったから来年からみんなやってね!」という感じで、生活をがらっと変える新しい規則が、ある日突然日常生活に埋め込まれたりする。

例えばそれは、使い捨てプラスティックや再生プラスティックに関する規制であったり、個人情報の保護に関する取り決めのGDPR(EU一般データ保護規則)であったりするのだが、つい先日は、EUがアルコールの健康への影響の警告表示の義務付け(タバコの箱のような感じらしい)を検討していることも小耳にはさんだ。これなどは、ワイン大国であるフランスやイタリアなどが一国内でやろうとしても難しそうな話である。

さて、グラスゴーでのCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)の開催に先駆けて、スウェーデンではこの夏の終りくらいから、連日様々なメディアで気候危機に関する報道が熱を帯びてきた。

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Hiromi Blomberg
クライメート・・チェンジではなくシステム・・チェンジを! のこんなグラフィティも結構いろんなところに
原子力発電や森論争のパラドックス

私たちが今しないといけないことは、大きく言うと温室効果ガスの総量を減らすことで、それは世界中どこでも同じだが、スウェーデンで日本人の私が見てユニークだなと思うのは「原子力発電への考え方」と「森論争」の2点だ。

1980年の国民投票で、原子力発電所の段階的な閉鎖を一度は決定したにも関わらず(この時はスリーマイル島原発の事故を受けて安全性が問題となった)、その後原子力発電をめぐる議論は紆余曲折したが、今は原子力発電はスウェーデンの電力供給量の約40%を占め、重要な電力源としての役割を担っている。気候危機に対処するためにも、最新の技術で今後新しい原子力発電所を建設すべきだ、と考える人も増えている。

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Hiromi Blomberg
スウェーデン第3の都市マルメの人気の海岸からも、かなり先だが原子力発電所がみえる

また、スウェーデンでは原子力発電所から発生する使用済み燃料である高レベル放射性廃棄物の最終処分場が決まっている世界でも稀な国のひとつで、この点で、地元の住民の承諾をどのように得たのか、長年不思議に思っていた。

ある時「廃棄物は必ず処理しなくてはいけないもので、かつ全国の地質調査などから、このあたりに処分場を建設することが一番安全性が高いとの説明を受けたので承諾した」と答える近隣住民へのインタビューを読み、なるほどと唸った。日本でもベストセラーとなった本『ファクトフルネス』を生み出した国の人は、こう考えるのか、と驚いた。

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「森論争」は論点が何重にも絡み合う複雑な問題だが、簡単にいうとスウェーデンの国土の大部分を覆い、そして温室効果ガスのネット・ゼロを考える時に欠かせない森、樹木や林業のあり方をどう考えるかという議論である。森は二酸化炭素を吸収し炭素を貯蔵する。

スウェーデン国土の約70% は森に覆われているが(ちなみに日本もそうだ)、近年その森の性質が大きく変わってきた。自然林と呼ばれるさまざまな樹木や草木が自然に混じりあって生えている森は激減し、皆伐と呼ばれる、森の全部または大部分を一度に伐採する、簡単で経済効率もいい林業のやり方が、スウェーデンの森を植林の森へと変えた。

自然森から成長した木を一本づつ選んで製材するのは非常に手間がかかるが、一斉に皆伐してしまえばとても効率的である。木材の需要は、気候危機への関心が高まり、木造住宅の需要や、化石燃料に変わって木材からバイオ燃料を作り出す技術の開発も投資も活発なことから近年激増している。また、パンデミックで拍車がかかったEコマースでぐっと増えたダンボールにもスウェーデンの木が使われているが、こちらも今後もまだまだ需要は伸びそうだ。

木を植林して伐採し気候危機対応策のために積極的に活用するのか、それとも、森は森のまま手をつけないでおいておくのか?

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Martin Edström/imagebank.sweden.se
森にもいろいろあります……

今のところは、林業の研究者の間でも考え方は様々で意見は分かれている。森としての総量が担保されており「木」がそこにあれば、気候温暖化への対策は十分で、植林の森にもまた新しい生態系が作られると考える人もいるし、植林地の土壌と自然林の土壌では、生態系への影響に格段の差があると強く訴える研究者もいる。皆伐は肥沃な表土の損失に繋がり、気象災害や病害虫への耐性も弱いということもわかってきてはいる。

さらに議論はスウェーデンの広大な森林面積の持つインパクト、にも及ぶ。この大きさの森はEU全体に範囲を広げても、二酸化炭素対応策や生物多様性にも多大な意味を持つので、最近ではEUからもスウェーデンの林業のありかたに非難の声が飛んでくるようになった。森をめぐる論争は、COP26に向けた議論に終わらず、この先もまだまだ止みそうにない。

生活者はより自由な選択が可能に

最後に、気候危機を生活者の視点に戻して改めて考えてみると、私たちは気候危機により、アレもコレもできなくなったのではなく、実は選択肢は増えていてより自由なチョイスができるようになったと感じることも多い。

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「ヌーディージーンズ」でリセールされているセカンドハンドの製品

例えばそれは、スウェーデン発のエコなジーンズの「ヌーディージーンズ」や、北欧テーブルウェアの代表格の「イッタラ」が、これまでの店舗で新品と一緒に自社製品のセカンドハンド品も並べて販売するといったトレンドにも表れている。

価格面やヴィンテージ的な価値でセカンドハンド品を選んでいた人だけでなく、これからは温暖化効果ガス削減のために、好きなブランドのお店でそのブランドのセカンドハンド品のショッピングを楽しむことができる。

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“ヴィンテージ”のマークがついたセカンドハンド商品は「イッタラ」にもたくさん

「イッタラ」のこのサービスは数年前にフィンランドで始まっており、例えば2020年ではこの取り組みにより、165トン以上の天然資源と56トン以上の二酸化炭素を削減することができたと発表している。

スーパーの棚でも、植物性タンパク質を使った食材、食品は驚くほど増えた。気候危機のために肉食をやめることも、そんなにエキセントリックな行動でもなくなってきた。パリやローマに出かけていくにも、以前は飛行機利用の一択だったが、これからは電車での旅も、もっと手軽に使えるものになってくる。

こうして選択肢は増えたし、これからも増え続ける。あとはファクトフルネスな態度で、私たちは一番よいと思うものを選び続けていけばいいだけなのである。


スウェーデン

ブロムベリひろみ(HIROMI BLOMBERG)

ブロガー、コラムニスト。日本での広告代理店、エンタメ企業での勤務を経て、2000年よりスウェーデン在住。現在は会社員として働く傍ら、スウェーデンの今を伝えるニュースウォッチ・ブログ「swelog(スウェログ)」を日々更新中。神戸大学卒の関西人。>>ニュースレターはこちら