今や世界最大規模を誇る中国の映画市場。文化大革命が終わった80年代から90年代にかけて、中国社会を見つめ直す作品が際立った「第五世代」監督の台頭から、世界が注目する新しい才能の躍進まで、中国映画の必見の名作を、映画コーディネーター江口洋子さんがピックアップ。
中国初のパルム・ドールに輝いた、"第五世代"の名匠による傑作
チャン・イーモウらと共に"第五世代"と呼ばれる名匠チェン・カイコーの、京劇の世界を舞台にした華麗な叙事詩。時代の荒波に翻弄されながらも、レスリー・チャン演じるこの世の者とは思えない美しい女形が立ち役に貫き通す、禁断の愛と壮絶な生き様に打ちのめされる。
文革と同性愛を扱った映画のため、中国ではとうてい認められない内容だが、ダミーの脚本で検閲を通し、中国映画史上初めてカンヌ国際映画祭でパルム・ドール受賞ほか海外で高評価を得たことと、色々な政治的動きにより国内での上映(公開ではなく)可能になったという経緯がある。今もこの素晴らしい作品が見られることは、本当にうれしい。
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『初恋のきた道』(1999)
チャン・ツィイーの鮮烈なデビュー作
"第五世代"の筆頭であるチャン・イーモウの農村映画の代表作のひとつ。三つ編みのチャン・ツィイーの可愛さ、恋しい人のため手作り料理を持って走る姿の初々しさに今でもキュンキュンする初恋物語だ。チャン・イーモウが得意とする農村ののどかな風景と人々の暮らし、心の浄化を望む方は必見。
ちなみに、この鮮烈なデビューから中国を代表する女優へと成長していったチャン・ツィイーだが、2019年の『クライマーズ』の回想シーンで三つ編みの女学生を演じ、変わらぬ透明感に驚異の41才! と話題を呼んだ。
『ふたりの人魚』(2000)
世界が注目する新世代監督ロウ・イエ初期の代表作
中国の"第五世代"に続く新世代監督をけん引するロウ・イエの初期の代表作。上海を舞台にミステリアスな女性をめぐる切ない恋人たちの物語で、ファンタジーと現実の狭間を漂うようなヒロイン像はジョウ・シュンの真骨頂だ。
監督のロウ・イエは、2006年の『天安門、恋人たち』で天安門事件を扱ったことと、その性描写により当局の許可が降りなかったにもかかわらず、その年のカンヌ国際映画祭コンペティションで上映。その結果、当局より5年間の映画製作・上映禁止処分を受けた。しかし、彼の才能を買うフランスやドイツからの資金を得て次々と秀作を制作している。
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『ココシリ』(2004)
チベット最後の秘境ココシリで描かれる、美しくも厳しい自然
『ミッシング・ガン』(2002)で中国の新しい風を感じさせてくれたルー・チュアン監督作品で、台湾の金馬奨では最優秀作品賞に輝き、東京国際映画祭で審査員特別賞受賞を受賞した。高級カシミヤの原材料となるチベットカモシカを密猟するグループと、それを取り締まる為に組織された私設警備隊の追跡劇を、実話に基づきチベットのオールロケで描いている。美しくも厳しい自然と、緊張感あふれる映像が素晴らしい。
この後日本軍による南京大虐殺を描き物議を醸した『南京!南京!』(2009)は日本では公開されなかったが、トークショー付きの上映会に監督が自費来日し、現在は配信で見られる。
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『最愛の子』(2014)
ピーター・チャンが描く、中国で多発する子ども誘拐事件の実話
『君さえいれば/金枝玉葉』(1994)や『ラヴソング』(1996)をはじめ香港の第一線で活躍し、早くから中国へ進出して成功を収めているピーター・チャン監督の秀作。
中国で多発している子供の連れ去り事件の実話をもとにサスペンスタッチで作られた本作は、ヴィッキー・チャオがノーメイクに近い田舎の母親像を体現して話題となり、香港電影金像奨や香港電影評論学会大賞などで主演女優賞を総なめにした。中盤でヴィッキー・チャオが登場するシーンやラストシーンの映像も素晴らしく、ピーター・チャンの演出力に唸らされる。
『恋するシェフの最強レシピ』(2017)
金城武×チョウ・ドンユイが魅せる "年の差恋"
監督デビュー作にしてこの豪華なキャスティングは、プロデューサーを務めている師匠のピーター・チャン監督の力によるものだが、それを差し引いてもなかなかの出来映えだ。仕事と恋をなくした若い女性シェフが、“絶対味覚”を持つホテルの新しいオーナーの舌を獲得しようと奮闘するロマンティック・コメディ。ツンデレ金城武と、がさつだが可愛さ100%のチョウ・ドンユイの"年の差恋"にキュンキュンする。
金城武は今でも台湾ではイケメン俳優の代表で、秘密のベールに覆われた私生活が伝説に拍車をかけている存在。チョウ・ドンユイも実は金城武の大ファンだとか。
『迫り来る嵐』(2017)
ダイナミックで緊迫感あふれるサスペンス
本作で長編デビューを果たしたドン・ユエ監督が自身で脚本も担当し、初監督とは思えないダイナミックな演出で目を惹くサスペンス。ワールドプレミアとして上映された東京国際映画祭で、ドアン・イーホンの最優秀男優賞と芸術貢献賞を獲得、台湾の金馬奨では国際評論家賞に輝いた。
工場の警備員がその能力を評価されるうちに、事件の謎を解き明かそうと警察の捜査への協力がエスカレートしてしていくという展開で、練りに練られた脚本と緊迫感あふれる映像が見事だ。売れっ子実力派俳優ドアン・イーホンが新人監督のオファーを受けた理由も、この脚本の完成度の高さが理由だという。
『帰れない二人』(2018)
"第六世代"ジャ・ジャンクーが描く、激動の中国と愛
中国"第六世代"の代表であるジャ・ジャンクー監督の、現代中国を背景に描き出す17年におよぶ愛の物語。『長江哀歌』(2006)ほかでも描いた三峡ダムや北京五輪、四川大地震、上海万博などの中国の現代史の中での7,700kmという総移動距離は、主人公2人のうつろう心を残酷なまでに映し出す旅路でもある。フォン・シャオガン、ディアオ・イーナン、チャン・イーバイという中国を代表する監督たちが、俳優として出演しているのも面白い。
2017年から主宰する平遥国際映画祭で若手創作者育成に力を注ぐジャ・ジャンクーだが、自身もクリエイターとして進化を続ける。次回作が楽しみだ。
『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(2018)
世界が注目する鬼才ビー・ガンが贈るこれまでにない映像体験
2015年、すごい監督がデビューした。しかも28歳! ということで話題になったビー・ガン。そのデビュー作『凱里ブルース』で金馬奨の新人監督賞はじめ各国の映画祭で受賞を果たした。
本作は自分の過去をめぐって迷宮のような世界をさまようことになる男の旅路を描いた、ミステリー、フィルム・ノワール、ラブストーリー、人間ドラマなど色々な顔を持つ。しかも映画館では後半の1時間は3Dでワンシークエンス・ワンショットという革新的な映像が展開する。雨の多い凱里で展開する本作は、これまでにない映像体験だ。
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『在りし日の歌』(2019)
中国の飛躍的な経済発展の裏で、人々はどう生きてきたか
30年に渡りふたつの家庭を軸に親子や夫婦の人間模様を描き、主役の夫婦を演じたワン・ジンチュンとヨン・メイがベルリン国際映画祭でそれぞれ最優秀男優賞と女優賞を受賞した人間ドラマ。第六世代のひとりで社会派のワン・シャオシュアイ監督が、中国の飛躍的な経済発展の裏で人々がどう生きてきたかを、独自の視点で描いている。3時間という長尺にも関わらず、その長さも感じさせず、そこに綴られる親子の情、愛情、友情が見る者の心を打つ。
監督は、数十年に及ぶ中国のひとりっ子政策の功罪と、未来への警鐘としてこの映画を撮ったと、台湾の映画祭で語っていたのが印象的だ。
『鵞鳥湖の夜』(2019)
光と影の強烈なコントラストが印象的なノワール・サスペンス
『薄氷の殺人』(2014)でベルリン国際映画祭金熊賞、銀熊賞(男優賞)をW受賞した、中国の気鋭監督ディアオ・イーナンのノワール・サスペンス。警官殺しの指名手配犯とそれを追う警察官、謎の美女が、極彩色のライトや蛍光ネオンサインという光と影の強烈なコントラストの中で緊張感あふれる人間模様を展開する。
中国映画や香港映画で汚れ役にトライしているグイ・ルンメイは、本作でもどうしようもない宿命を負う娼婦として、ミステリアスではかなげな魅力を放っている。台湾ではこういう役どころのオファーはあまりないので、女優としてのステップアップに中国映画や香港映画を選ぶのはなるほど、と思う。
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