各界のエキスパートにASK! SDGs達成のシナリオ、どう考える?
【ELLE ACTIVE! for SDGs】地球の限界「プラネタリー・バウンダリー」を超えることなく、2030年という目標時期にSDGsを達成するにはどんな変化が必要なの? 目指すゴールとその道のりとは? エル・ジャポン1月号より。
自然というベースの上に、将来世代に渡って豊かな社会と経済を築くための「持続可能な開発目標」SDGs。さまざまな分野にある課題に対して、私たちはどうアプローチしていけばいい? 気候科学、生物多様性、サステナブルファッションの専門家が、それぞれのシナリオを教えてくれた。
Text MITSUKO IWAI(Seita Emori)
江守正多さん(国立環境研究所地球環境研究センター副研究センター長)
脱炭素社会への ロードマップを考える
パリ協定とSDGsはどちらも2015年に決まった国連の枠組み。気候科学者の江守正多さんは、気候変動に限っていえば「脱炭素社会は可能」と、心強い言葉をくれた。
「環境問題は個人が何かを我慢するというより、世界が新しい社会システムにアップデートできるかどうかの問題です。僕は“化石燃料文明を卒業する”という言い方をよくするのですが、新しいエネルギー文明に移行すればCO₂は出ないし、将来世代にも途上国の人々にも負い目を感じずに済む。海外に支払っていた化石燃料代を内需に回せるし、良いことが結構あるのに、そういう語られ方になっていないですね」
進み始めた日本の再生エネルギー転換
明るい未来のカギとなるのは、SDGsの目標7にもある今後のグリーン・リカバリー推進だが、日本にはエネルギーを100%再エネに置き換えるポテンシャルが十分あるという。
「最も有望視されているのが洋上風力です。秋田や千葉、北九州沖などに大規模な計画があり熾烈な入札競争が始まっています」
石油メジャーや電力・ガス会社がこぞって再エネ事業への参入を急ぎ、総合エネルギー企業に変わりつつあるのは、今や世界的な潮流だ。日本もようやく国が本腰を入れ始めたことで風向きは変わり、以前は高値で負担感のあった太陽光や風力、蓄電池も安くなってきている。
そこで私たちに求められているのは、社会的に影響力のあるアクションに参加してこの流れを後押しすることだという。世界では「フライデーズ・フォー・フューチャー」のような若者のムーブメントが起き、日本でも大学生がみずほフィナンシャルグループの株主総会に参加して石炭火力事業会社への融資削減を要求したというニュースがあった。でも、こうした抗議活動に参加しなくてもできることはあると、江守さんは背中を押してくれる。
「行動する彼らを応援する気持ちを持って、意見を求められたら賛成したり、署名するだけでもいいと思います。例えば、再生可能エネルギーを多く使う電力会社へ契約変更することも、みんなでやれば化石燃料をたくさん使う電力会社の経営に影響する変化につながります」
対策のキーワード「市民会議」とは?
ハーバード大の政治学者によるこんな興味深い研究もあるそうだ。人口の3.5%が参加する非暴力の抗議活動が起きると、これまで必ず社会に大きな変化がもたらされてきたという。少数派の行動でも、社会は変わる時には変わる。
フランスでは2018年末から広がった「黄色いベスト運動」を経て、気候市民会議が動き出した。くじで選ばれた150人の市民が脱炭素政策について9カ月間熟議、提出された149の提言のうち政府は146を採択した。
「実は僕が参加している研究グループでも同様の会議を実験的にやる予定で、札幌市で無作為に選んだ20人がオンライン会議を行います」
SDGsの目標13、気候変動対策の方針決定は上意下達を脱し、「国民的議論にしてほしい」。江守さんはそう願う。
江守正多:国立環境研究所地球環境研究センター副研究センター長。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次、第6次評価報告書主執筆者。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。
日比保史さん(コンサベーション・インターナショナ・ジャパン代表理事)
生物多様性が保たれれば 他のゴールも改善へ向かう
地球の危機的状況を示す「プラネタリー・バウンダリー」でも圧倒的にレッドゾーンにある「生物多様性」。今後10年でさらに100万種の動植物が絶滅するといわれ、痩せ細ったホッキョクグマや、森を追われたオランウータンの姿を見れば心が痛む。けれど、生物多様性の問題は“かわいそう”だけでは済まされない、気候変動と同じく「みんなの危機」であり、「生物多様性が回復すれば、SDGsの他の多くの問題も改善される」と、環境NGO「CIジャパン」の日比さんは言う。
温暖化対策の30%を森が担ってくれる?
「人間の活動は全て、自然の恵みなしでは成立しません。その『健全性』を測るのが生物多様性です。自然には元来、強い自己再生能力がありますが、その力をはるかに超えて危機的レベルまで自然を改変しているのが現状です」
「改変」の最たるものが、森林を切り開く農業だ。世界のCO₂の25%が石油等のエネルギーによるものだが、実は同じ量が「土地利用」、つまり農業や畜産業によって排出されている。
「森林は多様な生物の住処であると同時に、土壌深くに伸びた根がCO₂を蓄える、優れた吸収・固定装置です。それを破壊して牧場や農地にすると、地中にあったCO₂が放出され、吸収力も失ってしまう。私たちCIの最近の研究では、森を守ることで人間がすべき温暖化対策の30%を森が担ってくれると考えられます。他にも森と繋がる海、水、食料、医薬品など…自然資産の根幹である森林は、多くのSDGsの目標と繋がっているのです」
新たなスタンダートは「ゼロ森林破壊」
ニュースを賑わせるアマゾンの火災は、大豆畑が広がるエリアと重なっており、多くを輸入する日本の私たちにとっても無関係ではない。さらには温暖化で降雨パターンや森の植生が変わり、火災が拡大しやすくなっているとも言われる。森林火災は、土地利用が他のさまざまな問題と繋がっていることを世界に示した。
生態系破壊の影響は、ブーメランのように私たちに戻ってくる。これを食い止めようと近年増えているのが「ゼロ森林破壊」を掲げる企業。特にパーム油を使う化粧品や日用品ブランド等に顕著だ。「現在、企業にとってのハードルは『コスト高』です。でも、多くの企業がゼロ森林破壊で素材調達するようになれば、自ずとコストは下がってくる。みんなが参加することで転換点はやってきます」
EUの「農場から食卓まで」と、女性活躍の関係とは?
一方で、政治の号令で「土地利用」の転換を目指すのが、EUが5月に発表した「Farm to Fork(農場から食卓まで)」戦略だ。2030年までに農地の25%を有機農法へ転換、殺虫剤や抗菌剤の50%削減等を掲げ、食と生物多様性の改善を目指す。「EU4億人と、この先の世代をきちんと食べさせるための政治の決断」と日比さんは見る。
では、日本の転換点は猛スピードで進む生物多様性の喪失に間に合うのだろうか?
「個人的には日本のSDGsのなかで最も力を入れるべきは、5番のジェンダー平等だと思います。男性ばかりの政府と、例えばフィンランドのような女性が多い政府、どちらがサステナブルな政策を取りやすいか、明らかですよね。あらゆる意思決定の場に女性が増えることで、さまざまなゴール達成が近づくと思います」
日比保史:コンサベーション・インターナショナ・ジャパン代表理事。野村総合研究所、国連開発計画を経て、2003年に国際NGO「コンサベーション・インターナショナル(CI)」の日本ディレクターに。生物多様性保全を通じた持続可能な社会づくりを目指し、国際機関、政府、企業等へのコンサルティング、企業の環境CSRなどを行う。
マリー=クレール・ダヴーさん(ケリング チーフ・サステナビリティ・オフィサー兼国際機関渉外担当責任者)
CO₂だけでなく、生物多様性への影響もゼロに
2019年夏のG7サミットにおいてマクロン大統領とケリングの呼びかけにより誕生した「ファッション協定」。「2050年までの温室効果ガス排出ゼロ」を目標にした画期的な協定の立役者がこの人、ケリングCSOのマリー=クレール・ダヴーだ。いち早くグループ全体でのCO₂削減やサステナブルな素材調達、環境負荷を測る独自ツール「EP&L」の開発に携わり、ケリングを業界No.1のサステナグループに導いた。現在ファッション協定には250以上のブランド、業界の35%が参加し、大きな潮流となっている。
2050年CO2排出ゼロへ。残された時間をどう使う?
業界全体が急いで変革を迫られる理由は、よくいわれるように「ファッションは世界で2番目に環境負荷の高い産業」だから?
「2位であろうとなかろうと、上位なのは間違いありません。ファッション業界は年間21億トンのCO₂を排出していて、2030年には27億トンに増えるとの試算もあります。この傾向を反転させるのに10年かかると言われていますから、私たちに残された時間は少ないのです。さらに大量生産大量消費のビジネスモデルも卒業しなければ。捨てるためだけにチームを働かせるなんて、あり得ません」
まさにSDGsの目標年までに流れを変えるには、より大胆な対策が必要となる。ケリングでは再生可能エネルギー使用率を67%まで上げ、グッチなど一部のブランドでは実質排出ゼロを達成。ファッション協定に参加するブランドの多くも、再エネ導入によりCO₂を順調に減らしていっているという。
(写真)グループのエコ技術の結晶、グッチ「Off The Grid」コレクションは廃棄物の再生素材を中心に使用し、極限まで環境に配慮している。広告にはMIYAVIをグローバルで起用。
生物多様性のスーパーイヤーへ向けて。農場からファッションを変える!
そして今年、マリー=クレールのチームが新たに打ち出したのが「生物多様性」へのアクションプランだ。自然保護の基金を創設し、「循環再生型農業によって100万haの農地で生物多様性を回復」「貴重な野生生物の生息地を100万ha保護」などを推し進める。
「循環再生農業とは、ミミズや微生物、草花などによって土地とそこに暮らす生命を文字通り再生させるものです。コットン農家やレザーを供給する畜産家がこれを取り入れます。野生生物の保護は、私たちの直接の原材料供給地ではありませんが、生物多様性への影響を単に相殺するのに比べ、6倍の効果があるといわれています」
CO₂だけでなく生物多様性への影響もゼロに――新たな常識となりそうな方針が今年発表されたのには、理由がある。それは「2020年は生物多様性のスーパーイヤー」になるはずだったから。生物多様性条約の締結国会議が開かれ向こう10年の世界目標が示される予定だったが、コロナにより延期に。けれど来年発表となれば、多くのブランドも「温暖化も、生物多様性も」のアクションに踏み出すだろう。
「パラダイムシフトを起こすには、サプライヤー、ブランド、消費者などあらゆる役者を巻き込む必要があります。今、ファション界ではあらゆる層から環境に配慮した言葉が聞こえてきていて、とてもいい傾向です。ファッションはこの分野でもトレンドセッターになれると、私は信じています」
マリー=クレール・ダヴー:ケリング チーフ・サステナビリティ・オフィサー兼国際機関渉外担当責任者。ジャン=ピエール・ラファラン前首相内閣のテクニカル・アドバイザー、環境・持続可能開発省などを経て、2012年より現職。グッチ、バレンシアガ、ボッテガ・ヴェネタなどの各ブランドと、グループ全体のサステナビリティ政策を担当。
三浦亜希子さん(東京都環境局 総務部 環境政策課長)
東京都が2050年までにCO₂排出を実質ゼロを宣言! 暮らしはどう変わる?
東京の平均気温はこの100年で3℃上昇し、真夏日や熱帯夜も、当たり前になりつつある。パリ協定等を受けて東京都の小池知事は2019年末、気温上昇を1.5℃以内に抑え、2050年までにCO₂排出を実質ゼロにする「ゼロエミッション東京戦略」を発表。
「実現へ向けて6分野14政策のロードマップをまとめました。一番目の柱となるのは『再生可能エネルギーをメインにして、エネルギーを100%脱炭素化する』こと。東京のCO₂の7割は家庭と、オフィスや商業施設などから出ています。オフィスビル等には2010年からCO₂排出規制があり3割近く減らしてきたのですが、今後は再エネ利用のゼロエミッションビルをもっと普及させる必要があります。家庭については、再エネ電気への切り替え希望者を募って入札する『みんなでいっしょに自然の電気』キャンペーンを実施していますので、ぜひチェックしてみてください」
さらには2050年までに都内を走る車全てのZEV(ゼロエミッションビークル)化を目指し、電気自動車や水素で走るバスの導入も推進。「電気自動車の急速充電器や、水素ステーションも増やしていく予定です」
プラスチックとフードロスのカーボンフットプリントも減らす
約1400万人が暮らす東京ではエネルギーを変えるだけでなく、人々の生活によるカーボンフットプリントも減らしつつ目標達成に加速しなければならない。そのため、大量生産・大量消費の資源の在り方もターゲットとなっている。
「私たちの生活に密着したプラスチックとフードロス問題に注力します。プラスチックについては、東京では年間80万トンが廃棄され、そのうち70万トンが焼却され145万トンのCO₂を排出しています。2050年までにプラスチック利用によるCO₂排出を実質ゼロに、2030年までに焼却の40%削減を目指します」
大規模な3Rの目玉となるのが、リサイクル企業テラサイクルの「Loop」だ。シャンプーや調味料など日用品のリターナブル容器による販売を2021年3月から開始予定。都内のオフィスビルでは、お弁当の容器をLoopが回収・洗浄する実証実験も始まるという。
現在50万トンあるというフードロスについても2030年半減、2050年実質ゼロを掲げる。「生産から食卓にのぼり廃棄されるまでの過程が複雑なので、サプライチェーンと協力して企業と個人が一緒にロスをなくす仕組みを作っていかなくては。また食品ごとのカーボンフットプリントもより広く知ってほしいと思います」
(写真)“牛乳配達”のような宅配サービスLoop。ネイチャーズウェイやキャノン(右のインクボトル)など生活に身近なブランドが参加予定。