いつからハリウッド俳優はマッチョになったのか
アカデミー賞会場も筋肉マンだらけ! 「今どきのスターは演技の勉強よりもジムに行く」と揶揄されるハリウッドセレブのマッチョ化を分析。
「今どきのスターは演技の勉強よりもジムに行く」と揶揄されるハリウッドセレブ。でもちょっと昔までは、ハリウッドの男優はもっとスレンダーだったはず……。“男らしさ”と筋肉が結びついた理由を各時代のトップスターから分析。
1940年代:マッチョ役ですらマッチョじゃない
戦中・戦後、黄金期のハリウッドは、フレッド・アステアやジーン・ケリーなど歌って踊れる、どちらかというとスマートで異国的な俳優がスターの主流。ヒッチコックのお気に入りジェームズ・ステュアートも、『カサブランカ』(’43)で“ダンディ”の代名詞になったハンフリー・ボガートもトレンチコートを脱げばむしろガリガリに近い。フェロモン男優の代名詞、『風と共に去りぬ』(’39)のクラーク・ゲーブルだって当時はこの程度。
(注意:このページ以降男性の半裸写真が多数登場します)
ではマッチョな役はなかったのかと言われればそうでは決してない。でも“逞しさ”とは兵士や肉体系労働者のもので映画のタイトルロールにはなりづらかった。そのせいか、1933年『ターザン』の主役バスター・クラッブですらこの程度。ムキムキとはまったく異なる。
1940年代のハリウッドで身体を鍛えていたことを隠さなかったのは英国俳優のケイリー・グラントとランドルフ・スコット。彼らは奇妙なことに12年も同居していたスター同士で同性愛者のうわさが絶えなかったが、確かにゲイ=女性的な軟弱者というステレオタイプが蔓延していた時代であれば、筋肉美への憧れは納得できる。とはいえ、ご覧の通り今のような“マッチョ”とは程遠いスレンダーな体型。
1950年代:理想のアメリカ人像≠マッチョ
そして1950年代のジ・アメリカン・ガイ、つまり当時のアメリカ人男性の理想像と言われたのがロック・ハドソン。192㎝のハドソンは生涯筋骨隆々になることなく、スターであり続けた。このことからも映画スターだけでなく彼らが体現するアメリカ的男性性は、マッチョとは程遠かったことがわかる。
『ベン・ハー』(59)などの時代物で脱がされまくったセクシー担当チャールトン・ヘストンですら、この程度。グラディエイターの役なのにこんなに細くて大丈夫だろうかというくらい。
『地上(ここ)より永遠に』(’53)で伝説の「海辺で不倫キス」シーンを演じたセクシー俳優バート・ランカスターも若干たるんでいる。
もちろん50年代にもマッチョ俳優はいた。たとえば『ヘラクレスの逆襲』(59)のスティーブ・リーヴス。元ボディ・ビルダーの経歴を引っ提げて58~68年に立て続けに映画に出演したが、ほぼ神話の神様だったり、ローマ時代のグラディエイターの役。このようにマッチョは“マッチョ担”を任されていたため、主流にはなっていない。
1950年代末:マーロン・ブランドがマッチョの夜明け
しかし、50年代は悪童マーロン・ブランドという突然変異的な俳優がハリウッドで才能を輝かせ始める。もともと素行が悪かった軍隊学校上がりのブランドは、不良の役を務めるため当時は下着でしかなかったTシャツ姿で映画に登場。筋肉を見せつけた。演技派が演技のためとの理由で身体を鍛える。このトレンドの黎明は彼だったと言えそう。50年代末にはまた、トウコ・ラークソネンによる極端に筋肉質な男性イラストがハリウッドのアンダーグラウンドで流行しだしていたことにも注目したい。同性愛者による馬鹿にされない手段として筋肉トレーニングが視覚化され始めた。
1960年代:それでもマッチョの夜は明けず
ところが、1960年代になって引き続き古代ものでスターは脱がされ続けたものの、マッチョと演技は相容れず、キューブリック監督の『スパルタカス』(60)で主演したカーク・ダグラスもこの程度。マッチョかと問われれば疑問符が付く。それだけ芝居ができるスター性と筋肉はなかなか両立しなかった。
歴代でもっともセクシーな俳優ベスト10に今でも入るポール・ニューマンですら美しいけれどマッチョではなくスリム筋肉質といった感じ。
女優達にモテモテだったアクション俳優スティーブ・マックイーン。トレーニング・マニアで映画でも実生活でも脱ぎまくっていた彼もこの程度。“肉体派”のイメージも“男らしさ”のそれも現在とはまったく異なることがよくわかる。
1970年代後半~80年代:マッチョ俳優がメインに
ところが80年代この2人がスターになったことで、ハリウッドではマッチョも認められることになる。
1976年のアーノルド・シュワルツェネッガー。彼はボディビルダーとしてアメリカに乗り込み、見事スターの座につき、『ターミネーター』シリーズのヒットもあり、今もハリウッド・スターとしての地位が揺るがないAリスターなのは知られている通り。
さらに、1976年のB級映画だったはずの『ロッキー』を成功させアカデミー賞3部門でオスカー獲得したシルベスタ・スタローンは「肉体派」という言葉を定着させた。そして1982年の『ランボー』もヒット。筋肉がハリウッドで市民権を得た。
しかし、肉体派の彼らは元AV男優だったり、ボディビルダーだったりといわゆる「色物俳優」の域からなかなかでられなかったのも本当のところ。では誰が本当に正統派スターだったかといえば、たとえばリチャード・ギア。セクシーな俳優といえば彼だけれど、軍人を演じようと彼のスレンダーなイメージは崩れなかった。
リチャード・ギアがキレイ系セクシー俳優なら、野性系はこちら。70年代の『スター・ウォーズ』のイメージから抜け出し、『インディ・ジョーンズ』シリーズで大スターになった1981年のハリソン・フォード。背丈はあるけれど、決してマッチョではない。
1990年代:マッチョがおしゃれに
しかし90年代になり、ファッション界がマッチョを求めだすと、様相が変わってくる。キアヌ・リーヴスやジョニー・デップ、リヴァー・フェニックスなど相変わらずスターは非マッチョだったが、「カルバン・クライン」や「ヴェルサーチェ」など、ゲイの性的美意識が表立ってもて認められるようになると、「CKアンダーウェア」のモデルにも起用されたマーク・ウォルバーグなど若手俳優たちにやんちゃ系筋肉俳優が生まれる。
そしてアイドル俳優のトム・クルーズが二の腕をパンパンにしてピッチピチの黒Tシャツで肉体を誇ったのも90年代。『ミッション・インポッシブル』(’96)と続くシリーズで完全にマッチョ俳優に舵を切ったかのように見えた(実際はこれ以降も紆余曲折はあったけれど)。
『ミッション~』に辿りつくまで、トム・クルーズはアカデミー賞には1回、ゴールデン・グローブ賞には4回ノミネート経験があった。マーク・ウォルバーグものちにアカデミー賞にもノミネートされるなど、演技派のメイン俳優に育った。本格派志向の役者もマッチョでいい……。この流れを絶対的なものにしたのが『ファイト・クラブ』(’99)のブラッド・ピット。押しも押されぬアイドル俳優で美形俳優として世界に名をとどろかせたブラピが、ものすごいトレーニングを経た体で登場。Aリストセレブが役のために鍛えることが普通になったのはこのときだったと言って過言ではない。
00年代以降:いまや誰もが鍛える時代
ハリウッドスターになりたいのならまずは鍛えるべし。
とでも言うかのように、演技派が「役のため」を言い訳にトレーニングをしたことをきっかけに、マッチョであり続けることが普通のことに。80年代までは「マッチョ=ステロイド」など非健康のイメージがあったものの、『Men's Health』などの雑誌が「マッチョ=健康」のイメージにすり替えたことも大きな要因と考えられる。