身近な人に「死にたい」と言われたらどうする? 覚えておきたいメンタルヘルスケアのヒント4
コロナ禍が長引き閉塞感が強まってきている現在、先が見えない不安のなかで、「死にたい」と口に出す人も少なくないはず。では、自分自身ではなく、大切な人から「死にます」と言われたとき、どう彼女(彼)の心を支えればいいの? 臨床心理士・公認心理師の枚田香さんにそのヒントを教えていただきました。
▼今回お話を伺ったADVISER
枚田香(ひらた かおり)/一般社団法人おおさかメンタルヘルスケア研究所 臨床心理士・公認心理師。関西学院大学文学部教育心理学科卒業後、総合商社広報室に勤務。退職後はIT革命に興味をもちパソコンインストラクター、ライターに転職。長時間労働による“うつ”が問題視される中、2003年、出身大学の大学院で心理学を学び、教育心理学修士の学位を取得。2006年、働く人のメンタルヘルス支援を目的に起業。現在はメンタルヘルス研修講師、大学の心理学講師、精神科のカウンセラー、職場のメンタルヘルスのコンサルタントとして活動している。著書は、「現代社会と応用心理学4 クローズアップ メンタルヘルス・安全」や「働く人たちのメンタルへルス対策と実務: 実践と応用」など。
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「死にたい」がタブー視される社会
想像していた以上にコロナ禍が長引き閉塞感が強まってきています。そんななかで、女性の自殺者が急増したといった暗いニュースが目に飛び込んできたら誰でも暗い気持ちになりますよね。先が見えない不安のなかで、人間関係がますますギスギスしてきて、ふと「もう死んでしまいたい」と思ったり、「いまから死にます」と口に出してしまったりする人が少なくないのではないでしょうか。とはいえ、「死にたい」と言われた側は慌ててしまいます。即座に「そんなこと言っちゃダメだよ!」とお説教が始まるかもしれません。いま私たちが生活している社会では、自ら命を絶つということはタブー視されていますから、「死にたい」はある意味NGワードです。死にたいという言葉を上手く受け止められない人たちのほうが多いのも事実です。だけどちょっと待って下さい。死にたいと思ってしまう人への接し方のコツを知っておけば、聞かされた側のダメージ度が変わってきますよね。
人の心に関わる仕事をしている立場の私からみると、辛いときに死にたいと思うのは、ある意味で自然なことだと考えています。私自身もこれまでの人生の中で何度か死にたいと思ったことがあるし、口に出して周囲を動揺させたことがあります。大切なのは、死にたいと思ってはいけないのではなくて、死にたいという思いが浮かんでも、実際には行動に移さず寿命が訪れるまで生き続けることだと私は考えています。この記事では人の心の仕組みを知っていただき、自分自身や身近な人が発する「死にたい」という言葉を客観視することで、少しでも気持ちが軽くなっていただければと願っています。
「死にたい」は「生きたい」の裏返し?
どうやら人の心の中には、「(より良く)生きたい」、「死にたい(自分自身を消したい)」という正反対の欲求があるようです。より良く生きるためには目先の本能的な欲求を満たしたいですし、欲求が満たされないと生きているのが辛くなるのは当然です。そういう意味では、「死にたい」は「より良く生きられないから辛い、辛いから自分自身を消したい」という心の働きだと考えられますね。日常生活において望みが叶わなかったとき、誰かに攻撃されたとき、相手から拒絶されたときなどは「より良く生きたい」欲求が満たされません。
残念ながら生きていたら欲求が満たされないことの連続です。欲求が満たされなくてイラッときたときに、衝動的にSNS等で「死にたい」という言葉を発してしまうのと、相手に対して「死ね」という攻撃的な言葉を発してしまう心理には共通点があるとも考えられます。多くのケースでこれらの言動は衝動的なもので、大事件に発展して追及された当事者は「むしゃくしゃしていて、つい言ってしまった」とか、「こんな大事になるとは思っていなかった」と慌てて言い訳をしたりします。
「死」というワードが浮かんでしまうのは、ある意味で自然なことだとお伝えしましたが、TPOをわきまえないと騒動を引き起こしてしまうのも事実です。死にたいという話は無条件で自分のことを受け止めてくれる信頼できる相手または訓練を受けたカウンセラーに話すのがベターですね。すぐに適切な相談相手が見つからない場合は、この「死にたい」は欲求が満たされないことで衝動的に浮かんでいるんだと、相手や自分の心を客観視できる心の余裕が残っていればいいなと思います。
>>次のページからは周りの人ができるメンタルヘルスケアの心得をご紹介
【心得①】即座に否定せずにまずは話を聞く
死にたいと口に出す人の心理はさまざまで、簡単にはマニュアル化できません。ただ1つお願いしたいことは、相手が死にたいと思ったこと、それを口に出したことを即座に否定しないで欲しいということです。これはどのケースでも共通していると思います。もちろん聞かされた側は最終的には止めたいです。だけど即座に否定するのは、死にたいという言葉を聞かされた自分自身の拒絶反応であり、自分の心の中に抱えきれずに放り出したい心理の表れだと思い出していただけるとありがたいです。まずはあなた自身が相手の死にたい思いを一緒に抱えられる心の余裕があるか考えてみて下さい。
なんとかいけそうだなと思ったら、受け止める覚悟を決めて、じっくりと話を聞く体制に入って下さい。対応の仕方の一例としては、「そっか、大事なことを私に話してくれてありがとね」と相手が話してくれたことをねぎらい、「死にたいと思うほど辛いんだね、何があったのか話してくれない?」と話してもらう雰囲気づくりをします。それで相手が話してくれそうだったら、一通りの話が終わるまではアドバイスをせずに、「うんうん」、「そっか」、「それで?」と相槌を続けることで、ちゃんと聞いているよという気持ちが伝わりやすくなります。共感していることを伝えたければ、「そっか、辛かったね」と伝えるのはアリかと思います。
人は誰かに話すことによって心の中を整理し、言語化することによって自分自身の心がどういう状態になっているか認識しやすくなるという作用があります。また、話すこと自体に浄化作用がありますので、とにかく話を聞くということだけで、死にたいと思っている人のお役に立てる可能性があります。
【心得②】「死にたい」の重みは当事者にしかわからない
安易に「わかるよ」、「私も過去に死にたいと思ったことがあるよ」と言って地雷を踏んでしまうことがありえます。「私の本当の苦しみがわかるはずがない」、「あなたの過去の経験とはレベルが違うんだから」と反発され、より頑なになってしまうリスクがあります。
最も確実な対応は、軽々しく同調せず、徹底的に話を聞くことです。この話の聞き方をカウンセリングの専門用語で傾聴といいます。おそらく死にたいと口に出す人に共通しているのは「死にたいと思うほど辛い」ということです。その先の考えは人それぞれで、「死にたいと口に出すことでストッパーになっている」、「死にたいけど本当は死ぬのが怖い」、「死にたいけど実行する勇気がない」、「私がこの世に存在することを私自身が許せない」、「もう死ぬという選択肢しかない」、「死ぬと決めたから誰に何を言われようと気が変わらない」とさまざまです。そして、「辛いのは今だけだよ」、「明けない夜はない」、「時間が経過したらきっと良くなるよ」という励ましが全然響かない心の状態になっている場合もあります。
話を聞いてみて「これは私だけじゃ抱えきれないな」と感じたら、誰かに助けを求めるか、メンタルが専門の病院を受診することを提案するという選択肢があります。
【心得③】実行するのを少し待たせて(待って)みる
死にたいという思いは衝動的に生じている場合もありえます。衝動的に死んでしまうのは一瞬で実現可能なことですが、死んでしまったら取り返しがつきません。ですから、最後に電話やメッセージを受けた相手は「これが最後になるなら、もうちょっと話そうよ」、「このままお別れするのは寂しいから返信してよ」という言葉かけをして時間を稼ぎ、衝動が落ち着くのを待つという方法を試してみていただきたいです。話す内容は他愛のないことでOKです。共通の思い出とか、過去のエピソードとか、できるだけ楽しかったことを選んで下さい。
飛び降りようとしているなら1分だけ待ってみよう、電車に飛び込もうとしているなら1本だけ見送ってみよう、それが出来たらあと1分、あと1本…と細切れで先延ばしにする方法もあります。これは他人を説得するときも、自分自身の死にたい衝動を抑えるときも有効な手段かと思います。いきなり先の長いゴールを設定するのではなく、短時間の目標を細切れに設定してクリアし続けるという方法です。
【心得④】できるだけ独りにさせず次の約束をする
「死ぬと言う人は実際に死なないから大丈夫」という偏見がありますが、絶対にそうとは限りません。また、ダイレクトに死にたいと言わず、遠まわしに「消えてしまいたい」と発言する人もいます。ちょっと心配だなと感じたら、独りにさせないことが重要です。無理に話をしなくても、何も言わずそばに寄り添っている、飲み物をそっと差し出すだけでも、その人の命を救うかもしれません。近い未来に約束をすることも有効です。物理的に会うのが難しければ、ビデオ通話をする約束をする、必ず〇時間・〇分以内に返信するから指定した時間にメッセージを送ってもらうように頼むなどがいいでしょう。もともと律儀なところがある相手には特に有効です。
ときにはまったく素振りを見せず、予告なしにひっそりと自殺を実行してしまう人もいます。そんな悲しい事が起こっても、止められなかったと自分を責めすぎないで下さい。100%の方法はありません。
最後に皆さんにお伝えしたいことがあります。人生は思い通りにならないこと、辛いことのほうが多いでしょう。それが普通だと思って下さい。不幸だと思っている人は辛いことに目を向けるクセが強いですね。幸せそうに見える人であっても、何もかもが思い通りになっているわけではありません。幸せな人は、よかったことに目を向けるのが上手な人です。苦労が多い日々の生活のなかで、楽しかったこと、嬉しかったこと、よかったことのカケラを探す習慣をつけて、生きる糧にしていただけることを祈っています。