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ルールを憎み、選手を愛そう。東京2020オリンピックを終えて、私たちスポーツファンが考えるべきこととは?

「多様性と調和」がコンセプトのひとつに掲げられた今回のスポーツの祭典では、様々な問題が浮き彫りに。

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olympic 2020 images
Instagram//Getty Images

コロナ禍での開催を含めて、物議を醸した東京2020オリンピックも今週末でいよいよ閉幕する。「多様性と調和」がコンセプトの1つに掲げられた今回のスポーツの祭典では、公衆衛生の問題のみならず、性差別や人種差別、メンタルヘルスなどプロスポーツ界に根を張る問題や選手たちの抱えるジレンマが浮かび上がってきた。オリンピックの存在意義とは。スポーツを愛し、選手たちを応援する一個人として私たちができるサポートとは何か。US版『ELLE』の記者がスポーツ・文化に詳しい『Loving Sports When They Don't Love You Back:Dilemmas of the Modern Fan(原題)』の共著者カヴィータ・A・デヴィッドソンに話を聞いた。

疑問視された今夏のオリンピック開催

opening ceremony  olympics day 0
Maja Hitij//Getty Images

今年は、オリンピックファンにとって大変な年だった。1年延期された東京大会が先月開始される直前、公衆衛生の専門家も観客も、この大会は開催されるべきなのかどうか悩んでいた。新型コロナウイルス感染症は依然として世界で猛威を振るい続けており、日本ではワクチン接種率の低さが問題となっていたからだ。(5月に行われた朝日新聞による世論調査では、83%の人が今夏の東京オリンピック開催に反対していた)

オリンピックとは誰のためのイベントなのか

soul cap
Soul Cap

パンデミック以外にも、オリンピック運営組織がアスリートのために一体何をしているのか、観客は疑問を感じ始めている。4月には、国際オリンピック委員会(IOC)が差別などへの抗議の意思を示す抗議活動については引き続き禁止すると発表(その後、7月2日に選手入場時など抗議規制を一部緩和)。これは昨年夏に世界的に大きな影響を及ぼした人種差別撲滅を求めるBLM運動の興隆を考えると、特に残念な決定だった。国際水泳連盟は、「Soul Cap」による黒人のアフロヘアのためにデザインされた水泳帽を競技で使用する申請を却下した。また、母親であるアスリートたちは、オリンピックの規則のために、試合中に子供に授乳するのに苦労していると話した。

ルールはルール、だけど……

olympic 2020
PATRICK SMITH//Getty Images

オリンピック選考会では、アメリカ最速の女性であるシャカリ・リチャードソン(写真)が大麻の陽性反応が出て失格となり、ファンは大きなショックを受けた。リチャードソン選手が大麻を使用した米オレゴン州では大麻が合法であり、彼女は当時実の母親が亡くなった直後で、苦しい精神状態から大麻を使用したと説明したが、決定は覆されなかった。

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これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Aly Raisman 🇺🇸 All Medal Routines | Athlete Highlights
Aly Raisman 🇺🇸 All Medal Routines | Athlete Highlights thumnail
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オリンピックは、このような課題や議論、システム上の問題から特に女性や有色人種の女性にとっては、不公平で支持されない競技であることが多いのだが、それでも、我々は優れたアスリートたちが最大の夢を実現するのを見守らずにはいられない。筆者は気分が落ち込んだときには、2016年のリオ・オリンピックでアリ・レイズマンが見せた床運動競技をよく見返す。最後に着地を決めたとき、彼女は嬉しさのあまり泣き出すのだが、こちらもそれにつられて泣いてしまう。

kavitha a davidson
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我々はオリンピックを応援する上で、このような複雑さをどのように受け止めればよいのだろうか? ELLE.comは、『Athletic』誌のスポーツ・文化ライターで、『Loving Sports When They Don't Love You Back:Dilemmas of the Modern Fan(原題)』の共著者であるカヴィータ・A・デヴィッドソンにインタビューを行った。カヴィータはスポーツジャーナリストのジェシカ・ルーサーと共同執筆したこの本で、スポーツを取り巻く問題に深く切り込み、スポーツの忠実なファンであることの意味を探っている。スポーツを愛し、選手たちを応援する一個人として私たちができるサポートとは何か、彼女に聞いてみた。

多くの人、特に女性が今回の東京オリンピックに葛藤を感じています。あなたは今年の大会をどのように感じていますか?

loving sports cover image
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私たちの本では、オリンピックがいかに問題であるかについて一章をまるごと割いています。オリンピックはその経済的な約束を果たすことは不可能です。警備を強化するために開催国にはあらゆる武器を持ち込まれますが、その武器はオリンピックが終わった後もその街に残り続けます。公共事業で巨大なスタジアムを建設しても、その後何十年も殆ど使われないことも。ウラジーミル・プーチンのような権力者、あるいはカタールのような国が、自分たちの世界的なイメージを向上させるためにオリンピックが利用できると考えます。オリンピックとはそういったイベントです。それでも、ジェシカと私はオリンピックを見るのが大好きです。スポーツの中には世界的に披露する機会が無いものもあります。また、スポーツ界の女子や女性にとって自分たちの活躍を見せる最大の見せ場だ、というのもあります。それは、少なくともアメリカでは、女性スポーツのためのちゃんとしたプロ組織を持つことを我々が怠ってきた、ということにもなるのですが。

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私たちの本の献辞は、「スポーツを愛し、より良くなってほしいと願うすべてのスポーツファンへ 」となっています。しかし、これ以上良くならないことも存在します。例えば安心安全なフットボールというものはありませんし、4年に1度、同じ場所で開催しない限り、問題のないオリンピックなども存在しないと思います。若い選手が初出場することに関しては、このような大会を行うことは無責任だと判断できます。公衆衛生上良くないことはほぼ確実です。しかし同時に若い人たちが出場したいと思う気持ちも理解できます。さらに今大会ではシャカリ・リチャードソン選手の出場取り消しや、抗議行動の禁止、大坂なおみ選手やシモーネ・バイルズ選手を取り巻く言説、ノルウェーのビーチハンドボールチームがビキニボトムを着用しなかったことによる罰金など、さまざまな問題が浮かび上がってきました。これは世界最大のスポーツの発表の場です。だからこそ、スポーツ界で常に問題となっていること、修正が必要なことが表に出てくるのです。

本の中では、必ずしもこれらの問題の解決策を提示しているわけではないと書かれていますが、試合を応援するのに気後れしてしまっている人に何かアドバイスはありますか?

tokyo olympic 2020
Getty Images

この本の元々の題名は『How to Love Sports When They Don't Love You Back』でしたが、取材の途中で「How(どうやって)」を規定することはできないと気づきました。また、ファンは一枚岩ではないこともわかりました。この本では、アスリートを多様な人間として受け入れることをテーマにしていますが、それはファンである私たちにも当てはまるのです。前述のジレンマは、誰もが同じように受け止め、経験するものではないので、万能の解決策や解決の道筋はありません。

私たちが学んだことの一つは、罪悪感を和らげる方法がわからないときは、自分自身に優しくすること、そして、他者に優しくすることです。もし、あなたがこのようなジレンマを考えずにスポーツを楽しむことができるなら、それは素晴らしいことです。そして、このようなジレンマを経験していない人は、経験している人に優しくする必要があるのです。

シャカリ・リチャードソンがオリンピックへの出場権を得られなかったことには非難の声が上がりましたし、今回シモーネ・バイルズが欠場を決めたときには、多くの人が彼女を支持しました。近い将来、このような機関や制度は変わっていくでしょうか? 

olympic 2020
LAURENCE GRIFFITHS//Getty Images

もうひとつ、自分たちに優しくなることについて言えば、この本で書いていることは全てシステム的なことだということです。私達が話しているのは何世紀とは言わないまでも、何十年にもわたって問題を抱えてきた、染み付いたシステムの話です。一人だけのファンの行動や態度がそれを変えることはできません。しかし集団になれば、自分たちが考えている以上に大きな力を発揮します。人々の反発の声とBLM運動によって、ワシントン・フットボール・チームが(以前は人種差別的だった)名前を変更することになったとき、私たちはそれを目の当たりにしました。しかし、概して私たちは一人の人間にすぎません。

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変化をもたらす方法は一つではない

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Scott Taetsch//Getty Images

いくつかの進歩も実際に見てきました。大学生アスリートには将来、より大きな報酬を得られるような道が開かれつつあります。スポーツメディアがこれまで拾われてこなかった声を取り上げることで、既存の制度を疑うことができるようになり、組織に説明責任を求めることができるようになります。スポーツは、他の多くの産業に比べて、惰性で成り立っています。私たちのファンとしてのマインドはたいてい幼少期に設定されます。そのため、スポーツは簡単に永久マネーマシンとなってしまい、スポーツは広い範囲について物事を採用したり、大きく変えたりする必要がありませんでした。私たちが変化をもたらす一番の方法は、利益を脅かすことです。(チームのオーナーである)ダン・スナイダーは、ワシントン・フットボール・チームの旧名称が人種差別的であることに気づいたとき、突然「悟り」の瞬間を迎えたわけではありません。「この名前を変えるように彼に圧力をかけなければ、あなたの会社から出資金を引き上げる」と投資家に言われた「フェデックス」や「ナイキ」といったスポンサー企業から手紙を受け取ったからです。スポンサーからの圧力によって彼は名前を変えざるを得なくなったのです。

私は、変化をもたらすことができるのなら、彼らがお金のことで脅威を感じたからだろうと、実際に人々が進化したからであろうと、どちらでも構わないと思っています。それに実際には、この2つの組み合わせで物事は変化していると思います。

私たちが見たいのはアスリート個人の活躍です。おすすめの応援方法はありますか?

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Ezra Shaw//Getty Images

まず、女子スポーツが好きで、メディアが彼女たちを正しく評価していない、と思うのであれば、そのスポーツを担当している記者をフォローしてください。編集者に手紙を書いたり、記事にコメント欄があるなら、コメントを残したりして、自分の気持ちを伝えてください。なぜなら、それが唯一の方法だからです。個々のアスリートをサポートすることに関しては、どのようなグッズを買うか、誰のジャージを着るかといったことでサポートすることになるかもしれません。しかし、繰り返しになりますがこれらは組織的なものです。特にアスリート個人の待遇に関しては、その多くが運営組織やメディア次第です。ですから我々メディアは自分の仕事をきちんとこなし、アスリートをより人道的に扱うことが必要です。私たちは彼らにお金を払って楽しませてもらっていますが、彼らは私たちに全ての義務を負っているわけではありません。彼らは自分の仕事をしているのです。彼らは雇用者であり、労働者なのです。率直に言って、この国(アメリカ)では経営者に比して、労働者を軽視しています。そしてスポーツ界の経営者層は億万長者のオーナーなのです。

アスリートは私たちにすべてを負っているわけではないことを忘れないでください。これは今私達がシモーネ(・バイルズ)と分かり合おうとしていることです。彼らは人間なのです。それを心に留めておくことが難しいのは分かります。私たちがスポーツを愛する理由は、人間が超人的な偉業を成し遂げることにあるからです。私はいつも、スポーツは現代の神話に最も近いと言っています。しかし、実際のところ、スポーツ選手たちは神ではありません。彼らにも欠陥がありますし、それでいいのです。それのおかげでスポーツは素晴らしいのです。

シモーネ・バイルズを批判する人たちについて、体操競技の難しさについての理解不足を指摘していますね

olympic 2020
LIONEL BONAVENTURE//Getty Images

ドイツの女子体操チームは今回、五輪本番でレオタードを着ないことを選択しました。彼女たちは全身ボディスーツを着用しています。選手たちは好きなものを着ることができるはずです。例えばキラキラしたレオタードを着たいからといって、アスリートとしての資質が下がるとは思いません。これは、アスリートの外見や、スポーツは誰のためなのかといったことに関する時代遅れで長年続いている考え方に帰着します。女性の体は女性的すぎて激しい運動をやるには不向きだと考えられているのです。

特に体操競技は理解されていません。シモーネが今経験していることを、人々は「イップス(※)」になぞらえています。しかし、’90年代のヤンキースでチャック・ノブロックがイップスになったとき、彼は1塁に悪送球してしまうだけでした。ですが体操の失敗とは、10フィート(約3メートル)の高さから着地できなかったり、頭のほんの数センチ先に薄くパッドが入っただけの金属製のベンチがある場所で、回転をミスしたりすることを意味します。女性的なスポーツだから危険じゃないとか、ホッケーやフットボールとはレベルが違うと片付けられがちですが、そんなことはないのです。

※主にスポーツの動作に支障をきたし、突如自分の思い通りのプレー(動き)ができなくなる症状。

Translation & Text : Naoko Ogata

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Getty Images

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